特集

聖(セント)コミマサと奇蹟の父

文: 神藏 美子

文學界6月号

「文學界 6月号」(文藝春秋 編)

 先日、のっしのっし、白い動物がのんびり歩いてリビングにはいって来た。腹や手足は茶色だし、細長い。これは珍種の高級猫だろうか。どこかで、大事に飼われていたのが、家からぬけ出て、ウチに入って来たのかと見守っていると、猫餌の置いてあるトレイに近づいて、食べ始めた。そこで、よく見ると、背中は白いのではなく毛がなくなり、皮膚病らしく白い粉のふいたようになったその皮膚が、中国の犬なんかにあるような、だんだんのシワになっている。そして、顔は珍種の猫ではなく、鼻が長くタヌキだった。背中の毛がぜんぶむしれて、背中じゅうに皮膚病を背負ったあわれなタヌキだったのだ。猫カンを食べさせて、タオルにくるんで抱き上げ、玄関の外に出した。お引き取り願ったのだ。おそらく、近所の馬事公苑がオリンピック工事で封鎖され、樹々が切り倒され、工事現場と化したことで、住処を失い、住宅地をうろつきながら、背中じゅうが、まるで甲羅でもしょったように、疥癬にかかった……ヨブのようなタヌキ。

 まれびとのタヌキをヨブと名付けたその夜、アマゾンから届いていた吉田絃二郎の『小鳥の來る日』をひらいたら、「この世界にはあの忍從的な、敬虔なヨブですらプロテストせずには居れないほどの苦痛な悲しみがあり、涙がある」と、ヨブが出てきた。

文學界 6月号

2020年6月号 / 5月7日発売
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