天宝十四載(西暦七五五年)十一月、唐国。
首都長安から遥か東北に離れる平原郡にて、郡兵の大隊長である張永(ちょうえい)は、親友の顔季明(がんきめい)と共に、馬を走らせていた。平原郡の太守・顔真卿(がんしんけい)の命を受け、彼の書を刻んだ碑「東方朔画賛碑(とうほうさくがさんひ)」の完成を確認するためだ。
そこへ、張永の妹で、季明の許嫁である張采春(さいしゅん)が追ってくる。武芸の達人である采春は、官馬の様子がおかしいと二人に訴える。案の定、平原城に異変を知らせる狼煙が上がった。 三人が平原城に駆け付けると、玄宗皇帝の寵臣とされる将軍・安禄山(あんろくざん)の親衛隊が、平原城を襲撃していた。首魁は、安禄山の息子・安慶緒(あんけいしょ)。この数日後、安禄山は、本拠の范陽で挙兵し、怒涛の勢いで南へ侵攻した。準都・洛陽を占拠して首都とし、燕(えん)を建国する。
予定されていた季明と采春の結納は延期となり、季明は父が太守を務める常山郡に戻った。平原郡と常山郡は連携し、見事、叛乱軍から要地である土門を奪う。 ――一字、震雷(しんらい)の如し。季明は、全ての筆法を含む基本の一字「永」を書く。一字を己自身に見立て、言葉の力でこの国を動かす文官になると宣言する季明に、張永は季明の側で世を動かす一端を担うと誓う。しかし、その数日後、季明は敵の賊刃に信念を曲げず斃れた。
采春は、誰にも告げず平原を出奔する。洛陽の興行の一座の元に身を隠し、季明らの仇討ちを狙うが、憎き安慶緒に正体を見破られてしまう。そこで「大義(たいぎ)、親(しん)を滅す」の信念の元、父を弑さんとする安慶緒と合力し、采春は安禄山の暗殺を成し遂げる。かつて、季明から受けた反駁を安慶緒は心に留めていた。そこに季明の志が生きていることに気付き、采春はもう一度だけ力を貸すと約す。安慶緒は燕の第二代皇帝に即位した
一方、失意の張永は、玄宗の孫・建寧王李倓(けんねいおうりたん)の手駒の僧侠と交わる。戦況厳しく、平原を放棄する顔真卿の護衛として、新たに即位した唐国皇帝(粛宗)のいる霊武に向かう。戦場で、お互い敵として相見えた張兄妹は、お互いの考えを打ち明ける。張永はこれまで国に対して無関心に過ぎたと悔い、采春は国とは人を幸せにする土台なのだと考えを深める。二人は唐国に与すると決め、燕軍と戦う。長安は唐に帰し、安慶緒は河北に逃れた。
だが、唐は再び内訌に明け暮れた。平原郡に戻った張兄妹は、「東方朔画賛碑」を見に行く。その側に、季明が「永」と記した碑を見つけ、「一字が、人を動かし、世を動かす」と力説し、震雷のごとく生きた季明の姿を思い返す。新たな志を胸に、二人はそれぞれの道を歩む決心をする。
雪の中、季明の記した碑が、張兄妹の背を見守るように佇んでいた――。