いよいよツアー開始。高い灰色の扉がガラガラと音を立てて開き、塀のなかへ。それまでワイワイ騒いでいた行列の見学者が一瞬しんと静まる。見学エリアは刑務作業場のいくつかと体育館などの自由スペース。そこに受刑者の姿はない。なぜなら土日の刑務作業は休みで居室にいるため。居室のほうはやはり見学不可……。がっかりしていたのもつかの間、広い板の間の一角に家具や生活用品を運び込んで原寸大の居室が再現されている。畳を十枚敷いて長方形を作り、布団六組にテレビ、洗面所、衣類、私物バッグまで整然と置いてある。感動を覚えつつも、撮影機材がないのでとにかく目に焼き付ける。
順次、次のエリアに移動していく。自由時間に利用できる体育館では、毎年恒例の野球大会のときに着るユニフォームが二種類展示してある。グレーと紺。なんかカッコイイ。まるで名選手のユニフォームを眺めているような錯覚に陥る。体育館には、卓球台、将棋盤、大型テレビなどがある。隅のほうには、ひもがいくつも垂れ下がっており、その先端には洗濯ばさみでとめられた新聞が揺れている。新聞で疑似パン食い競走? まさか。受刑者はここで新聞を読むルールらしい。
ツアーの中盤、ここを訪れた目的のひとつを思い出す。案内してくれた刑務官二人のうち、後ろの若い人の横にぴたりと張りつく。制帽から靴の先までその色や材質をじっくりと眺める。拙作第二話「Gとれ」では、携帯電話が重要なアイテムなので、ベルトに装着している公用携帯電話がとても気になる。途中、刑務官がこちらの視線に気づき、何か? と険しい目で問うてくる。これはチャンスと思い、いくつか質問をした。刑務官は“こっそり取材”とは知らず、丁寧に公用携帯電話の用途や機能について教えてくれた。ありがとうございます、でも、黙っていてごめんなさいと内心謝る。
そんなこんなで約四十分のツアー終了。見学会出口の壁には赤字で「祝 出所」の紙。「これっていつも張ってあるんですか」「いえ、今日だけです。ウケ狙いで」と刑務官が初めてニコッと笑った。その後は、展示即売所で人気の藍染のブックカバーを買い、「刑務所のパフェ」を食べた。
帰宅した僕は、物語の気になっていた箇所にさっそく肉付けをほどこし、さらには、見学ツアーで見たこと、感じたことを随所に織りまぜた。最後のひと手間をかけた小説はついに完成。いい感じに仕上がった。リアル、リアル。なんといっても、こちとらムショ帰りだしな!
しろやま・しんいち 一九七二年、石川県生まれ。金沢大学法学部卒業。『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』にて第一四回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。著書に『仕掛ける』『相続レストラン』がある。
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