[お題:X(『看守の流儀』)の余白]
社会派小説に挑戦したい。でも警察モノや法廷モノじゃ既視感がついてまわる。じゃあなんだ? 刑務所なんてどうだろう。自分が知らないだけかもしれないが、あまり馴染みのない世界だし。中学生のときに読んだ『塀の中の懲りない面々』しか思いつかないし。よし、これがよさそうと決意する。
ありきたりではない設定で物語を描く際、情報収集、なかでも取材は大切である。だが、対象が刑務所では、かなりハードルが高い。インターネットで簡単に情報を集められる時代になっても、当事者から直に聞いた話や現場の空気というのは、ネットでは絶対に得られない価値がある。だから取材は楽しいし、それをベースに物語を作るのはもっと楽しい。
令和最初の夏の終わり、物語は完成間際。編集者いわく「もうOK」のレベルだけれど、せっかくここまでたどり着いたのだから、最後のひと手間を惜しまずに精度をあげたい。作品世界にさらなるリアリティをもたせるには、もう一押しあるといいんだけど……。なかでも悩みは刑務官。構想段階からかなりの数の刑務所関係のノンフィクションに目を通してきたけど、元受刑者が著述したものがほとんどで、刑務官が書いたものは多くない。本作の主役は刑務官だが、彼らの服装や所持品のディテールを詳しく知ることはなかなかできない。
雨の日、某地方刑務所の矯正展に出向いた。そこで刑務所内の見学ツアーが行われると聞いたからだ。塀の中も、そして刑務官も生で見ることができる。これはありがたい。小雨が降りしきるなか、テント内の受付は順番待ち。どうやら今回の矯正展の目玉企画らしい。撮影禁止のため、受付で携帯電話を預けて長い行列につく。三十人単位の入れ替わりで塀のなかへ入っていく。まるでディズニーランドかUSJのアトラクションの順番待ちのよう。僕の前には初老の女性、その息子夫婦と孫。彼らの会話が面白い。「実は刑務所に入ったことあるって今度から人に自慢できるね」「今日だって、帰りにどっかで外食して『オレ、今ムショ帰りなんだ!』って店員に言えば、ビビってごはん大盛にしてくれるかもよ」