コラム・エッセイ

<エッセイ>崎山蒼志「十歳、食べられなかった私の話」

崎山 蒼志

別冊文藝春秋 電子版31号

「別冊文藝春秋 電子版31号」(文藝春秋 編)

[お題:ディープインパクト]
 

 私には「食べること」を恐れていた時期がありました。

 小学校四年生の終わる頃、とある出来事や体調不良を原因とする複数回の嘔吐がトラウマとなり、「吐く」という行為に必要以上の畏怖を抱くようになりました。また学校生活を送る中で、その行為は他人にとても迷惑を掛けるものだと思い込んでいたため、「吐く」ことに異常なまでの罪悪感すら覚えるようになっていました。

 日に日に不安はエスカレートし、自然と「吐く=食べるから」という思考を持つほどに発展していったのです。


 そんな日々を送っていた矢先、小学校五年生になってまもなく、ついには食べ物が喉を通らないという現象が起きました。「体」が食べ物を拒むようになっていたのです。ここからが大変でした。半年以上、食べ物を拒む自分自身と格闘することとなったのです。

 特に記憶に残っているのは小学校五年生のある日、給食の時間の出来事です。

 その頃の私は毎日やって来る給食の時間が不安でしょうがなく、いつも足元が抜けるような感覚で給食を迎えていました。その日、いつも以上に気が滅入っていた私は、配膳の時間はトイレに籠り、小声で「大丈夫」を呪文の如く繰り返し自分を励ましていました。

「……よし」と決意を胸に、とろりと冷えた汗を垂らしながらなんとか自力で教室に向かい自分の席に座ると、そこにはもう給食が用意されていて、周りにいた友達には「体調大丈夫?」と尋ねられました。

「うん、大丈夫」と答えた私の声は小さく歪み震えていました。

 その時声をかけてくれた友達、周りの楽しそうなクラスメイト、先生は、まるで話の通じない「絵の中の人」に見えました。ふと視界に入った床の黒く痣みたいな汚れ、自分の鳥肌にも似た冷たい壁の凸凹を今でも鮮明に覚えています。

 もう配膳は終わっていたらしく、それからまもなくしてクラス全員が一斉に「いただきます」と声を合わせ食事が始まります。その瞬間不安は一気に加速しました。心拍数は高まり、胸の周りには深い堀が出来たような気分で、なかなか箸を握れないまま時間は経過しました。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版31号(2020年5月号)文藝春秋・編

発売日:2020年04月20日


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