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豪華寝台列車の先駆けとなった「上野発の夜行列車」散り際の輝き

豪華寝台列車の先駆けとなった「上野発の夜行列車」散り際の輝き

文:小牟田 哲彦 (作家)

『寝台特急「ゆうづる」の女』(西村 京太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『寝台特急「ゆうづる」の女』(西村 京太郎)

東北初の個室寝台は「ゆうづる」に登場

 かように「上野発の夜行列車」を象徴する存在だった「ゆうづる」だが、肝心の寝台車両はデビュー当初から一般開放型、つまりカーテン一枚で仕切るだけの車両のみであった。「ゆうづる」に限らず、国鉄は、東海道本線を往来する東京発着の九州方面行きブルートレインにばかり、個室寝台車を集中して投入していたのだ。旅客列車の車内設備のグレードに関する限り、明らかに、東北地方は太平洋ベルト地帯よりも格下扱いだった。

 そのような地域格差の伝統を初めて打ち破ったのが「ゆうづる」である。昭和62年3月、国鉄が分割・民営化されるわずか11日前に、毎日運行の2往復のうち1往復に、二人用個室A寝台車が1両だけ連結されたのである。本作品の舞台となる「ゆうづる5号」(青森発の上りは6号)がそれに当たる。

 国鉄の個室A寝台はそれまで一人用しかなく、もともとは上級のビジネス客を想定していると言われていた。だから二人用の個室A寝台は、夫婦やカップルなども専用空間でゆったりとした夜行列車の一夜を楽しめるように、という新しい旅のスタイルを世に提示する意味を持っていた。それが、日本全国の個室寝台を独占していた東海道のブルートレインを差し置いて東北を走る「ゆうづる」で行われたのは、日本の鉄道史上画期的なことだったと言ってよい。

 

「北斗星」に受け継がれた「ゆうづる」の系譜

 この新型個室寝台の「ゆうづる」投入が試行的な取組みだったことは、当時の市販の時刻表からも読み取れる。『交通公社時刻表』(現在の『JTB時刻表』)の昭和62年4月号を開くと、登場したばかりのこの新しい個室寝台は、単に「A寝台2人用個室」としか紹介されていない。九州ブルートレインに連結されている格下のB寝台個室には2人用に「デュエット」、4人用に「カルテット」と愛称が付けられているのに、である。

 ところが、一年後の昭和63年3月号によれば、開通したばかりの青函トンネルを経由して上野から札幌まで直通する新しい寝台特急「北斗星」に、「A寝台2人用個室」が充当され、「ツインデラックス」という愛称が付されている。実は、この「北斗星」に登場したツインデラックスは、青函トンネル開通後は「北斗星」に移行する前提で「ゆうづる」に連結されていた二人用個室A寝台車なのだ。

 しかも、「北斗星」の運行ダイヤ自体が、「ゆうづる」の一部の列車を東北本線経由に振り替えることによって誕生している。つまり、後に北の大地を目指す豪華寝台特急として大好評を博し、平成の世を席巻して平成27年まで走り続けたブルートレイン「北斗星」は、車両もダイヤも、「ゆうづる」の系譜を受け継いでいたことになる。

文春文庫
寝台特急「ゆうづる」の女
十津川警部クラシックス
西村京太郎

定価:803円(税込)発売日:2020年08月05日

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