書評家・北上次郎さんは2020年・夏に書店で一冊の本を発見した。「読者による文学賞」第一回受賞という帯が巻かれたその文庫『どうかこの声が、あなたに届きますように』を読んで「これは良い本!」と奮い立ち、書評を二本も書いてしまった。
ところが…北上さんが「新刊」と思い込んでいたこの文庫、実は一年前に刊行されたものだったため、「新刊紹介」の書評欄には載せられないことが判明。あえなくお蔵入りとなってしまった。
その時の顛末と『どう声』の魅力を北上さんが語る「北上ラジオ」と、「幻の書評」二本をここに掲載!
『どう声』の魅力を北上さんが語る「北上ラジオ」(本の雑誌社配信)
本の雑誌の新刊ガイド用に書いた幻の原稿
日曜深夜二時半からやっているラジオ番組「まよなかスマイル」の「お前らの承認欲求をぶつけろ!」というコーナーの話が、この物語の半ばすぎのところに出てくる。
それは、プロデューサーの黒木が読み上げていくリスナーからのメールに、パーソナリティの夏海がただ褒めて応えていくだけのコーナーだ。
たとえば「今日はちゃんとさぼらずに掃除した」とのメールには「えらい! えらい!」と答えるし、「やっと座れた電車の席だったけど、おばあちゃんに譲った」と言うリスナーには「もうノーベル賞受賞!」と、褒め方を細かく変えているのがミソ。何でも褒めてくれるとはたしかに素晴らしい。小さなことでも褒めてくれれば、少しの力が湧いてくる。確実に、明日を生きる糧になる。その真実をこの挿話は鋭く描いている。
浅葉なつ『どうかこの声が、あなたに届きますように』(文春文庫六八〇円)だ。このとき夏海がノーギャラだった事情や、パーソナリティになるまでの経緯については本書を読まれたい。深夜ラジオの世界を、巧みな人物造形を積み重ねて描いていくので、どんどん引き込まれていく。
深夜ラジオの世界については山本周五郎賞を受賞した佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』があるが、あの名作にも引けをとらない傑作といっていい。構成も秀逸だし、まことにうまい。
日経新聞書評欄用に書いた幻の原稿
浅葉なつ『どうかこの声が、あなたに届きますように』文春文庫 ☆4つ 680円
深夜ラジオの世界を描いた作品には、山本周五郎賞を受賞した佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』がある。だから本書が初めてではない。しかし、まるで初めて読む小説であるかのようにスリリングだ。
番組アシスタントに抜擢された夏海の、何度失敗しても挫けないバイタリティがひたすら爽快で、どんどん引き込まれていくのである。人にも言えない苦しみを夏海がかかえているように、哀しみや絶望に押しつぶされそうになっている人がいる。そういうリスナーと、やがては番組を持ってパーソナリティとなる夏海の、奇跡のような繋がりがまぶしい。
だから、ラストには熱いものがこみ上げてくる。いい小説だ(文春文庫)680円。
――しかし、2本も書いた後で1年前の作品であることに気がつくとは! 1年前に気がついていれば絶賛したのに、と大変悔しい思いです (北上次郎)
北上さん、どうもありがとうございました!
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