- 2020.09.23
- インタビュー・対談
「メールは4行以内」「会議は最長1時間」スタンフォード式仕事術で生き方は確実に変わる!
西野 精治
『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』(西野 精治)
学会、企業との共同研究、講演などで日本に滞在する際、私はしばしば書店に足を運びます。そこで必ずと言っていいほど目にするのが「スタンフォードの~」や「シリコンバレーの〜」といったタイトルの書籍です。これはスタンフォード大学で研究を続けている私にとって嬉しいことで、すぐにあれこれ手に取って眺めるのですが、痛感するのはそれらが有している「短さ」と「遅さ」です。
「短さ」というのは、本の書き手がスタンフォードやシリコンバレーで過ごした期間のことです。数年ならまだしも、わずか数カ月、それもビジターとして過ごしただけで書かれた本があまりにも多くあります。ビジネスのあり方や根づいている起業家精神を理解するには、十分な滞在期間とは言えないでしょう。
もちろん短期でも新たな経験をすれば必ず得るものはあり、日本に帰ってからも常にスタンフォードとやり取りし続けている人は別です。しかし、ほとんどの本はすでに日本に帰ってきた人によって書かれているために、「最新」と謳っているとしても、情報が古くなっている点も問題です。すなわち、情報伝達が「遅い」。数年前に著者がシリコンバレーに滞在した時の最新情報が書かれた本は、出版された時点では過去の情報をまとめたものになってしまいます。
シリコンバレーは何事もスピードが速い。私の感覚では、3年前はすでに過去です。
実際にお目にかかるなかにも「私も3年前、企業派遣でシリコンバレーに行っていました」と言う人がいますが、話していると失礼ながら「ああ、もうズレているなあ」と感じることがあります。その人にとっての最新情報は、とっくにアップデートされて現地では通用しなくなっていることがしばしばです。
それだけシリコンバレーは絶えず動き、変化している場所です。新陳代謝の激しさはまるで生き物、しかもまだ成長期にある巨大な生き物と言っていいでしょう。
考えてみれば、シリコンバレーは世界でも特殊なところです。GAFA(グーグルGoogle/アマゾンAmazon/フェイスブックFacebook/アップルApple)と呼ばれる世界を席巻するIT業界の巨大企業のうち、アマゾンの本社はシアトルですが、残る三つはシリコンバレーに集中しています。コンピュータの歴史を語る上で欠かせないインテル(Intel)、クアルコム(Qualcomm)などの半導体企業、サブスクリプションの覇者となる勢いの動画配信サービス・ネットフリックス(Netflix)も、イーロン・マスク率いる電気自動車会社テスラ(Tesla)も、言わずと知れたヤフー(Yahoo!)も、シリコンバレーの企業であることは皆さんもご存知の通りです。
コロナ禍のリモート・ワークで一躍、脚光を浴びたビデオコミュニケーションサービスのZoomがサンノゼにあり、また、車で小一時間と少し離れますが、サンフランシスコの市内では配車サービスのウーバー(Uber)、アプリを使った民泊サービス・エアビーアンドビー(Airbnb)、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のツイッター(Twitter)などが誕生しています。また世界最大の動画共有サービスのユーチューブ(YouTube)はサンフランシスコ南のサン・ブルーノに位置します。さながらサンフランシスコは、シリコンバレーに隣接する、スタートアップ企業製造所とも言っていいような場所です。
そんなシリコンバレーにあるスタンフォード大学も、巨大な生き物の一部と言えます。
2019年の世界大学ランキング(英国・タイムズ紙)において、スタンフォード大学はオックスフォード、ケンブリッジに次いで世界第3位にランクインしていますが、1891年の創立当時は「西海岸の杏畑につくられた、後発の田舎大学」でした。
しかし、創立者であり初代学長のリーランド・スタンフォードは、アメリカ大陸横断鉄道を築いた生粋の実業家です。その影響もあってスタンフォードは、「大学では学問に打ち込むべきだ」というハーバードをはじめとする東海岸のアイビーリーグとは異なる独自の道を歩み、学問の場でありながら起業家精神を重視するようになりました。たとえば1951年には大学敷地内にインダストリアルパークが設けられるなど、いち早く学問の世界と産業界のつながりを作り出しています。
グーグル創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジがスタンフォード大学院で出会ったことをご存知の方も多いと思いますが、スタンフォードが送り出した企業はヒューレット・パッカード、シスコ、ヤフーなど、枚挙に暇がありません。スタンフォードの歴史は産学一体の歴史であり、シリコンバレーの歴史と分かち難く結びついているのです。
それゆえに私がスタンフォードで過ごしてきた30年間は、象牙の塔でコツコツと学問の世界に浸る……という古式ゆかしいものではありませんでした。いや、現在もスタンフォード大学の名誉現役教授(名誉教授の称号取得後、直ちに現役教授に招聘)であり、スタンフォード睡眠生体リズム研究所の所長である以上、現在進行形で、ダイナミックな変化を日々楽しみ、時に格闘し、研究しながら働いていくことになるでしょう。
私が本書でお伝えしたいのは、スタンフォード大学の起業家精神に基づく仕事術です。
○個人主義に根差すシンプルな成果主義と能率主義とはどんなものか?
○チャレンジする情熱と結果を出す能力はいかにして身につくのか?
○短時間で効率よく働くためのIT利用を含めた具体的な方法とは?
○お金とマネジメントが不即不離である理由とは?
○個人の生活と健康を犠牲にせず尊重するために大切なこととは?
こうしたトピックについて述べていきます。日本にあまり伝わっていないシリコンバレーの生活や、知られていないアメリカの大学システムについても言及します。
1987年に渡米し、スタンフォード大学客員研究員としてキャリアを開始した頃の私は、スタンフォードと日本の大学のシステムがあまりにも違うために戸惑うことばかりでした。しかし、その後、大学に認められてファカルティ(faculty:教授陣)の一員に加わったことで、研究生活を送りながらその合理的なシステムに溶け込んでいきました。さらに、シリコンバレーで働く人たちや起業家とも交流し、90年代から00年代にかけてのIT産業の飛躍的な発展を目の当たりにするにつれて、「スタンフォード式」の働き方が体に染み込んだようです。
私にはまた、日本でも産学連携の国家プロジェクトなどに米国から参加し、日米での研究の進め方、事業の進め方を比較できる機会もありました。
30年の経験とリアルタイムで更新されている最新状況に基づく私なりの知恵をお伝えし、海外進出を目指している日本の研究者、起業家、ビジネスパーソンを鼓舞したい。
「Die Luft der Freiheit weht(自由の風が吹く)」
とはスタンフォードの校訓ですが、自由で風通しが良い場所から、新たなアイデアもビジネスも生まれると信じています。
また、グローバル化する世の中で、日本企業で働いていたとしても、世界とかかわらずに成立するビジネスは皆無と言えます。その意味で、スタンフォード式仕事術をより幅広い読者のみなさんとシェアできたら、著者としてこれほど嬉しいことはありません。
(「Prologue」より)