
いやあ、おもしろい。今、読んでも新鮮だな。
さすがに何年も前に書いた作品なので、自分でもすっかり内容を忘れていて、ぼくもこの傑作選を一読者として楽しんでしまった。これが記念すべきデビューシリーズだったのだ。『池袋ウエストゲートパーク』という誰も見たことのないピカピカのチケットを一枚もち、目まぐるしく変化する本の世界で、特別急行の乗員のひとりとなれたことは、今もとてもラッキーな出来事だったと思っている。
前世紀最後の年の「伝説のドラマ化」から二十年、今年はいよいよアニメ化されるという。ご存知のように日本のアニメーションは世界でも最高峰の技術とクリエイティビティを誇る。けれど、異世界や異能バトルといったファンタジーには強くとも、現実のリアルな世界を描くことは、これまで得意とする分野ではなかった。逆にIWGPシリーズはこの本でもわかるように、覚醒剤や大麻汚染、児童虐待やDV、ブラック企業やユーチューバーといった現実のリアルなエッジを描くことに特化した、ミステリー界でもめずらしい「現在進行形」のシリーズだ。
正反対のふたつが掛けあわされたとき、いかなるケミストリーが生みだされるか。今はアフレコと作画の追い込み段階だけれど、オンエアでの成果を楽しみにしている。これまでのアニメの枠を壊す、新しいテーマと表現に期待しよう。作者としては、もう五分の一世紀も経つのだから、そろそろ新しいキャストとスタッフで、もう一度ドラマ版を観てみたい気もするけれど。
ぼくのなかでは、マコトやタカシ、ゼロワンやサルやおふくろといった主要キャストは、みな永遠のキャラクターである。二冊で一年くらい年をとるので、今でもマコトはまだ二十代なかばというところ。変わり続ける池袋の街を舞台に、季節ごとに発生する新たな時代の事件やトラブル、人生の悲しみや切なさ、人の心の深い闇と不思議なほどの光と回復力を、しっかりと描いていきたいと願う。
目の前で起きている、ときに理解不可能な「今」をシャープに映す事件を、なるべく素早く、切れ味よく、できることなら爽快にストーリー化する。それがIWGPシリーズの醍醐味で、いつまでも古くならない秘密のルーチンだと信じているのだ。これからもまだまだ続くであろう、東京の片隅の「街」の物語に、ぜひおつきあいください。変わらぬ切れのいい文体と、見たことのない人物を用意して、西一番街の果物屋で待っています。
世界がウイルスと戦う前代未聞の八月に 石田衣良
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『日暮れのあと』小池真理子・著
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