平成後期には定員割れしてしまうほど人気が低迷した理数科だが、四年前に行った寮制改革で強制的に学習時間を確保するようになってからは、進学実績も目に見えて改善し、人気校に返り咲きつつある。
散りかけの桜並木の間には、午後の光に輝く錦江湾と、その上に浮かぶヨットが何艘か見える。帆に染め抜かれた矢尻のようなマークは、南郷高校のヨット部のものだ。
先頭を歩いてきた生徒と、その横でしきりに何かを話しかけている母親が、校門を通り過ぎた。坂を登り始めたばかりの生徒まで数えると、七組はいるだろうか。
ちょうどいい頃合いだ。
「望遠鏡、動かしていい?」
マモルは、テーブルの向かい側で大きなノートPCを操作している道直規に声をかけた。
「いま?」
手を止められたナオキは、不満そうに頰を膨らませる。
「そう、いまがちょうどいい感じなんだ。先頭の五人が画面に入ったよね。先輩から写真を撮っとけって言われてるんだ」
ナオキは、食堂の入り口に集まっている三年生のグループに顎をしゃくった。
「三年生のドローンがあの辺飛んでるでしょ。あっちを借りなよ」
「無理だよ。お前が兄貴に頼んでくれるならいいけどさ」
三年生たちは、校舎を撮影しているドローンのカメラ映像を取り込むタブレットとノートPCに向き合って、映像を編集しているところだった。八台ある寮のドローンをまとめて操っているのは、テーブルの奥側の席にゲーム機のコントローラーを並べている303号室の道一先輩。ナオキの兄だ。
道先輩は、落ちてくる前髪を神経質そうに耳にかけていた。苛立っていることに、ナオキも気づいたらしい。
「……無理だな」
「だろう? 三年生のヴァーチャコン制作、やばいぐらい遅れてるじゃないか」
三年生たちは、今月の二週目に県大会が行われる3D空間プレゼンテーション「ヴァーチャコン」の準備に集中しているところだった。
蒼空寮はヴァーチャコンの強豪チームだ。指定された3Dエンジンを用いて、最大五分間のプレゼンテーションを行う第一回大会で、蒼空寮は全国大会のベスト8入りを果たした。
今年は、ドローン撮影した樹木や校舎のテクスチャーで、映画並みの品質の3Dを披露する予定だが、準備がかなり遅れていることは、作業を手伝っているマモルたちもよく知っている。
「わかった。じゃ、望遠鏡どうぞ」
ナオキが言い終えるのと同時に、タブレットの画面に上下左右の矢印が現れた。マモルが矢印をとんとんと叩くと、わずかに遅れてカメラが動く。
これは理科棟の屋上に設置してある天体望遠鏡からの映像だ。普段は夜空に向けているが、昼間は真横に向けて定点映像を撮影していることも多い。
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