食堂のテーブルに置いたタブレットには、桜並木に挟まれたコンクリート舗装の急な坂を、大きな荷物を抱えて登ってくる少年たちと、その父母の姿が映し出されていた。
坂を登った先にある鹿児島県立南郷高等学校の理数科に合格し、蒼空寮に入ってくる新入生たちだ。彼らは卒業までの三年間を、親と離れて過ごすことになる。いま坂を登ってきている生徒たちは、十二時三十五分に到着する便で、坂の下の平川駅にやってきた第一陣というわけだ。
「やっと来たねえ」
タブレットを見ていた二年生の倉田衛が口火を切ると、同じ学年の寮生たちがめいめいに頷いた。
「やらいよ(全くだ)」「待とっとと」「俺らあげん可愛かたっどな(俺ら、あんなに可愛らしかったのかな)?」「見てみい、初々しいがなあ」「はげぇ、我きゃぬやっとぅ後輩ぬできゅんちな(うわあ、俺らもようやく後輩持ちかよ)。信じられんがな」
寮生たちの話す言葉は様々だ。慣れていなければなんでも「とっとっと」と聞こえてしまう薩摩半島南部の鹿児島弁に、間延びしたような大隅半島の方言。もはや宮崎弁といった方がいい霧島や志布志あたりの言葉と、マモルの耳には違いのわからない離島の言葉が何種類か。
まるで県下の方言をすべて集めたかのように聞こえるが、鹿児島市の市街地で話される、おっとりとした言葉だけは聞こえてこない。
おそらく坂を登ってくる新入生たちも同じだろう。
南郷高校理数科に入れる成績なら県で一番の進学校、城山高校に楽々と進学できる。東京と地方の格差が激しくなっている中で毎年十名ほどの東大進学者を輩出している城山高校は、自由な校風も有名で、人気がある。
城山高校以外にも、鹿児島市内には魅力的な高校が多い。英語に強い山岡台高校や、部活動の盛んな竜南高校、武道に強い松嶺高校などがある。高校生活を楽しみながら国公立大学や有名私大へ行きたいのなら市内の高校を選ぶべきだ。
マモル自身も成績だけで入学が決まるなら、特に受験勉強などせずに城山高校に入れたはずだ――もしも、鹿児島市内に住んでいれば。
鹿児島の教育委員会は、県立高校の普通科に学区制限を設けている。学区外から普通科に入るには、数少ない越境枠に入らなければならない。例えば城山高校ならば、入試の成績が上位十人に入らなければ合格はおぼつかないというが、そこまでの成績優秀者なら全国的に知られている鹿児島の私立進学校、サン・ローラン高校にすら楽々と入れるだろう。偏差値75超えの世界だ。
そんな中で、南郷高校は市外や離島の中学生にとって大きな救いとなっていた。
創立六十周年を迎える南郷高校は、各学年8クラス、二〇二四年度の生徒数は九百五十四人の大型高校だ。普通科の6クラスは進学校とは言えないのだが、学区制限のない2クラスの理数科には、鹿児島市外から毎年九十名の秀才たちが集まってくる。
通学できない地域の生徒が暮らすのが、敷地内に建てられた男子寮、蒼空寮だ。二棟ある三階建の鉄筋コンクリート造の居室棟には合計三十一の部屋があり、現在は理数科の生徒のおよそ三分の一にあたる九十三名の生徒たちが集団生活を送っている。
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