錦江湾に浮かぶ活火山の桜島は、何日かに一度、噴煙を上げてくれる格好の素材だ。いい映像が撮れた日は、寮の下級生たちがコマごとに映り込む鳥や虫、変な形の雲、チラリと光る船の反射などのゴミを取り除いてから、蒼空寮のアカウントでストックフォトにアップロードする決まりになっている。最新型ではないが、高価な望遠鏡を使わせてもらっている上に、毎日のように撮影しては作業する手間暇をかけているおかげで品質は悪くない。月に二千円分ぐらいは売れていて、寮生活を楽しく、快適にするために使われている。主に、ピザとおやつ代だ。
マモルは急いで角度調整のボタンをタップした。
場所が固定された望遠鏡では、角度と画角しか調整のしようがないのに、坂を登ってくる新入生たちの顔が見える時間は限られているのだ。
一度のタップで0.1秒角しか動かないボタンをマモルが連打して、角度を調整していると、学校指定の、緑色のトレーニングウェアに身を包んだ喜入梓が画面を覗き込んできた。
梓は一学年九十人の理数科に五人しかいない女生徒の一人だ。入寮する新一年生たちを、マモルたち二年生が見ていることをメッセージで知った彼女は、蒼空寮のすぐ下にある女子専用の下宿、暁荘から、スリッパをひっかけたラフな格好で訪れた。
今は男子しか住んでいない蒼空寮だが、食堂までは女子が入ってきてもいいエリアだ。かつては女子部屋もあったのでトイレも備わっている。エアコンが効いていて、学校のWi-Fiにつなぐこともできる寮の食堂は、暁荘に寄宿している理数科の女生徒にとっては格好の自習室だ。
もっとも、勉強をするでもなく入り浸る女子は梓ぐらいしかいないのだが。
梓は、マモルが撮影しようとしている新入生の映像を指差して聞いた。
「こんな写真撮って、何に使うの? 広報?」
「三年が使うネタだよ」
「ネタって……?」
「スマホ見ながら歩くなとか、靴をぞろびって(引きずって)歩くなとか、腕時計は校則違反だ、とかかな」
「まじで! あんたたち、今年も“説教”するの?」
梓のあげた声に、三年生たちが反応する。
「そうだよ喜入さん」「伝統だしね」「まあ、見守っててよ」「寮生かっこいいだろう? みんな、説教のおかげだよ」
「はーい」
三年生の集団に笑顔を向けた梓は、振り返って鼻の上に皺を寄せた。
「ねえマモル。二十一世紀になって何年経つと思ってるわけ?」
「二十四年」
「そんなこと聞いてるんじゃないし、だいたい二十三年だし。とにかく時代遅れだって言いたいわけ」
三年生たちは今夜、入寮してくる一年生たちを集会室に集めて正座させ、脅し、先輩・後輩の関係を叩き込む。
つい四年前まではなかった「伝統」だ。
二〇二〇年に新型コロナウイルスの集団感染を出してしまった蒼空寮は、全寮生の二割を超える二十五名もの退寮者を出して、半年の間、閉寮した。事態を憂慮した学校と教育委員会は、寮制を改めることを求めた。二十一世紀に入ってから緩めていた寮の規律を、名門進学科だった時代――平成初期まで巻き戻すことに決めたのだ。
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