トップ選手に届いた脅迫状。警視庁の悠宇は捜査に乗り出し、あることに気づく。『アキレウスの背中』長浦京――立ち読み
ウエア以外にもキャップ、左耳にイヤフォン。右の二の腕、左手首にはスマートウォッチのような装置。両足のシューズの甲にも小さな計測機がついている。履いているそのシューズは、先日工房で見た「ちょいグロ」シューズの新型のようだ。側面にはDAINEX製品であることを表すNeXのロゴ。裏面のソール部分には、小粒のマスカットのような黄緑の半球状高反発素材がびっしりと張りついている。性能や効果は素晴らしいのだろう。でも、遠目に見てもあのブツブツ感がグロくて、やっぱり慣れない。
走り続ける彼は撮影もされている。六台の固定カメラに加え、左右背後を断続的に小型ドローンが飛び、姿を追っていた。
「F1みてえ」
一歳年下の部下、本庶譲が呟いた。
「あの車のレース?」
悠宇は訊いた。
「はい。俺も詳しいわけじゃないですけど、毎年新型のレースカーを開発して実戦投入するまでの間に、こんな感じの非公開の走行テストをくり返すんです」
「確かに似てるかも。でも、エンジン音どころか人の声も聞こえない」
二歳年上の部下、板東隆信も寒さに震えながらいった。
フィールドにあるテントの下には、テーブル上にモニターが並び、長い丈のベンチコートを着込んだ、眼鏡に白髪の大園総監督、禿げ頭に無精髭の海老名研究部門責任者、皺深い顔に老眼鏡の権藤シューズ工房責任者らが座っている。
嶺川が走っているコース周辺にも数人のコーチや研究者が立ち、走る彼を見つめているが、声をかけたり励ましたりはしない。ずっと離れたところにいる大園総監督が、ときおり目の前のマイクに向かい、二言三言話すだけ。嶺川はイヤフォンを通して走りながらその声を聞いている。
静かだった。ドローンのプロペラ音、風が揺らす木の音や、鳥の鳴き声、あとは隣の第二練習場から、槍投げか何かの練習をしている男性の声がかすかに聞こえてくるだけ。
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