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トップ選手に届いた脅迫状。警視庁の悠宇は捜査に乗り出し、あることに気づく。『アキレウスの背中』長浦京――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)

文藝春秋・編

別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版34号」(文藝春秋 編)

 それを合図に、走り続けている嶺川は自分の胸元と腰に手を添え、何かを外すと、まるで自分の体から引き剥がすように、ボレロのような白い上着と長い丈のトランクスを脱ぎ、コース脇に投げ捨てた。

「ジャニーズ?」

 二瓶が即座にいった。

 的外れな言葉のようだが、間違ってはいない。ライブでの早着替えのことをいいたかったのだろう。同じ光景を見ている悠宇たち三人には納得できた。

「やっぱりウォーマーだったんだ」

 続いて本庶がいった。脱ぎ捨てたウエアのことだ。

 悠宇も同じことを考えていた。まあ、誰でも思いつくことだろうけれど。スタート前の体を冬の寒風から守り、ベストコンディションの体温を維持させ、レース開始後、必要なくなった時点ですぐに取り去る。もちろん走るためにじゃまにならないような、裁断と縫製がなされ、脱着の仕組みも工夫されているのだろう。

 ランニングと短パンとキャップ。誰もが見慣れたマラソンランナーの外観になった嶺川は、さらに速度を上げていった。

 トレーニングの見学を終え、機密保持のため一旦預けていた携帯を返還してもらったところで、悠宇は副所長の賀喜に声をかけられた。

 部下たちを嶺川と大園総監督に帯同させ、自分は賀喜とともに陸上競技棟のミーティングルームへ。

 賀喜の差し出してくれた紙コップのお茶がありがたい。熱いとわかっていながら手袋を外した両手で握り、立ち上る湯気を鼻と口でゆっくり吸い込んだ。

「大変だったわね。お疲れさま」

 賀喜がいった。

「いえ、見学させてもらっていただけで、私たちは何もしていませんから」

 悠宇は返した。

「何もせず見ているだけだったら、寒かったでしょう」

「ええ、すごく」

 賀喜が笑い、悠宇も笑った。

「だから私は、いつも四階のカフェテリアから見ることにしているの。次からあなたたちもそうしたら?」

 

 

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版34号(2020年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年10月20日

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  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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