トップ選手に届いた脅迫状。警視庁の悠宇は捜査に乗り出し、あることに気づく。『アキレウスの背中』長浦京――立ち読み
それを合図に、走り続けている嶺川は自分の胸元と腰に手を添え、何かを外すと、まるで自分の体から引き剥がすように、ボレロのような白い上着と長い丈のトランクスを脱ぎ、コース脇に投げ捨てた。
「ジャニーズ?」
二瓶が即座にいった。
的外れな言葉のようだが、間違ってはいない。ライブでの早着替えのことをいいたかったのだろう。同じ光景を見ている悠宇たち三人には納得できた。
「やっぱりウォーマーだったんだ」
続いて本庶がいった。脱ぎ捨てたウエアのことだ。
悠宇も同じことを考えていた。まあ、誰でも思いつくことだろうけれど。スタート前の体を冬の寒風から守り、ベストコンディションの体温を維持させ、レース開始後、必要なくなった時点ですぐに取り去る。もちろん走るためにじゃまにならないような、裁断と縫製がなされ、脱着の仕組みも工夫されているのだろう。
ランニングと短パンとキャップ。誰もが見慣れたマラソンランナーの外観になった嶺川は、さらに速度を上げていった。
トレーニングの見学を終え、機密保持のため一旦預けていた携帯を返還してもらったところで、悠宇は副所長の賀喜に声をかけられた。
部下たちを嶺川と大園総監督に帯同させ、自分は賀喜とともに陸上競技棟のミーティングルームへ。
賀喜の差し出してくれた紙コップのお茶がありがたい。熱いとわかっていながら手袋を外した両手で握り、立ち上る湯気を鼻と口でゆっくり吸い込んだ。
「大変だったわね。お疲れさま」
賀喜がいった。
「いえ、見学させてもらっていただけで、私たちは何もしていませんから」
悠宇は返した。
「何もせず見ているだけだったら、寒かったでしょう」
「ええ、すごく」
賀喜が笑い、悠宇も笑った。
「だから私は、いつも四階のカフェテリアから見ることにしているの。次からあなたたちもそうしたら?」
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。