インタビューほか

長浦京「警察嫌いが警察官を、マラソン嫌いがマラソンを書く理由」

長浦 京

新連載『アキレウスの背中』に寄せて

長浦京「警察嫌いが警察官を、マラソン嫌いがマラソンを書く理由」

「別冊文藝春秋 電子版33号」(文藝春秋 編)

 今から十七年前――

「やめたくてもやめられない。だからもう警察に行くしかないんだ」

 友人Aからそんなメールが携帯に届きました。これから目の前にある交番に自首する、悪いけど妻のことを頼むと続いていて、Aの奥さん、同じメールを受け取った共通の友人のBと連絡を取り合い、慌ててその都内の交番に駆けつけましたが、すでにAの身柄は所轄警察署に移されたあとでした。

 やめられないとは薬物のこと。Aは一流企業に勤めていたのですが、人間関係と仕事のノルマの厳しさから鬱になり、それでもプライドが邪魔をして他人に相談できず、眠らず仕事をするために覚醒剤に手を出していました。

 Aを弁護する気は一切ありません。自業自得です。

 ただ、Aの公判が開かれ、検事が起訴内容を読み上げると、自首ではなく、交番警察官が不審者であるAに職務質問し、任意での尿検査を受けさせた結果、覚醒剤使用が発覚し逮捕されたことになっていました。情状証人として呼ばれた僕もAの妻もBも驚き、自分たちの知っていることと違う、自首を裏付ける証拠も携帯に残っていると法廷で話しました。検事も慌てて動揺していたので、たぶん事実を知らなかったのでしょう。結論からいうと、交番の五十代の巡査部長が手柄ほしさに書類を捏造していたのでした。でも、それで何が変わるでもなく、Aには覚醒剤使用の初犯として一般的な執行猶予付きの判決が下されました。

 本当に驚いたのはその後です。Aが留置されていた所轄警察署から連絡があり、このことをマスコミにリークすれば、あなたたちも調べることになるといわれました。Aの友人なのだから、お前たちも叩けば埃の出る身だろうという意味で、早い話が脅しです。

 僕もBも、取り調べも尿検査も受ける代わりに、こちらも恐喝されたと訴えさせてもらうと弁護士を通して連絡しました。すると一転して、交番の警官の手違いのせいで迷惑をかけたと、僕とBにその巡査部長から迷惑料として十五万円ずつ支払うと、よくわからない懐柔策を出してきました。

 もう騒ぎを大きくしないでほしいというAと彼の弁護士の要望で、告訴はやめにしましたが、週刊誌に載るような警察の不正・不祥事は、決して歪曲や誇張ではないのだなと痛感した出来事でした。

 その後、僕は小説家となり、これまでに何度か警察官を主人公とした作品の打診をされたことがありましたが、そのたび、遠回しにお断りしてきました。

 理由はこの十七年前の経験です。

 大多数の警察官の方々は、日々、真面目に職務に取り組んでいると思います。ただ、僕にとっては今でも警察官は正義の守護者でも真実の追求者でもありません。

 それでも『アキレウスの背中』で警察官を主人公にしたのは、変わろうとしているのに変わり切れない今の警察を書きたいと思ったからです。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版33号(2020年9月号)文藝春秋・編

発売日:2020年08月20日


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