江戸に生きる人々の「普遍性」を描く
「私の場合、長編でも、短編でも、小説を書くことは、今まで書かれたことのない、誰も読んだことのない素材を見つけることから始まります。素材というのは小さければ小さいほどよくて、最小でもその中に普遍性が無限大に詰まっているのが理想ですが、そういったものとはなかなか巡り合えません」
こう語る青山文平さんの最新刊は、江戸に生きる人々の織り成す人生が、鮮やかに浮かび上がる短編集である。直木賞受賞作『つまをめとらば』にも連なる、独特の世界観の切れ味は鋭いが、眼差しはいずれも温かい。
表題作「江戸染まぬ」は、田舎から出てきてある大名家に一年契約の〈一季奉公〉を続ける下男が主人公。家中の事情で十代で隠居した元殿様に、あてがわれていた下女が宿下がりを命じられる。屋敷のある根岸から実家の相模まで送り届ける役目を命じられたものの、その理不尽に納得がいかず……。
「もともとのネタは、三河国田原藩で家老にもなった渡辺崋山の『游相日記』の中で見つけました。実際は近侍していた前藩主の弟・友信の生母である、お銀様の消息を訪ねた記録ですが、これを渋谷から相模まで、今でいう国道246号線を旅するトラベル小説に仕立てたいと思いまして(笑)。途中で狼に怯える場面も日記の中に出てきます。ただ、読んでからすぐに小説になるわけではなく、何年か寝かせておいたところで、枝葉が浮かび上がって来て小説になることが多いですね」
どんな作品でもプロットは立てず、「書いてみるまでは小説になるか分からない」という執筆スタイルは、デビューから現在まで続く青山流。「実際に指を動かしてすぐに降りてくるものがあれば、だいたい大丈夫」だが、短編として筆を進めていくうちに、このネタは長編でも使えたのではないかと、何度も後悔したと笑う。
「でも、短編の締め切りがあるから、ぎりぎりのところでアイディアが浮かぶ。いつか小説にしたいと思っていたものを形にできてよかったです。執筆途中で、一歩間違えば生死に関わるような入院・手術もあって、その後にまず書いたのが『町になかったもの』。自分にとっても、本屋さんにとっても希望がもてる話にしたいと考えました。最終話の『台』も、明るい話で終わらせたいという気持ちがあって、主人公はあえて遊び人の旗本次男坊にしました。幕末の困難な時代に彼は何を拠り所にしたのだろうか―普通に生活をしているうちは分からない。でも小さな事柄にある真実と普遍性に気づく瞬間が、いつの時代にも、誰にでもあるのではないでしょうか」
あおやまぶんぺい 一九四八年、神奈川県生まれ。出版社勤務、フリーライターを経て、二〇一一年『白樫の樹の下で』で松本清張賞。一五年『鬼はもとより』で大藪春彦賞。一六年『つまをめとらば』で直木賞。
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