自分の書きたいことの前に、まずは「素材」があるという青山文平さん。ひとつでは小説にならないものを、いくつかげてアイディアを練っていく。本書『跳ぶ男』の出発点は、土地も金も水も米もない、貧しい藤戸藩を「ちゃんとした墓参りができる国」にするため、ある一計が浮かんだことだった。
「将軍と大名は隔絶された関係で、まして小藩となれば全く関わりがない。にもかかわらず、参勤交代と御手伝普請の免除を引き出せるような貸しを将軍に作ることができるのだろうか――詳しく話してしまうとネタばれになってしまうのですが、私の考えた仕掛けが読者に納得していただけるものか? さらに意図をもった行為が将軍まで伝わる径路がありうるのか? このふたつの不可能なハードルをクリアして作品を成立させる見通しも立たないまま、連載初回がはじまりました」
冒頭に登場するのは、藤戸藩お抱えの道具役(能役者)の長男・屋島剛と、三つ齢上でやはり道具役の息子・岩船保だ。幼くして実母を喪い、嗣子としての居場所さえ失った剛は、時に保の手を借りながら、独修で能に励む。一方、文武に秀でた保は藩校に上がり、周囲の期待を集めて華々しく出頭していくが、ある不可解な事件がきっかけで切腹を命じられてしまう。さらに齢若き藩主が急死し、剛が身代わりに立てられるのだが、そこには藩の特殊な事情が隠されていた。
「登場人物たちが『能』という芸を極めていくのが一般的なのでしょうが、今回はそれが主題ではありません。とはいえ、藩主の身代わりとして剛が上がる舞台=江戸城の深部は、さまざまな思惑が入り組んだ約束事の巣。そこで能という、これも約束事が密に入り組んだ舞台を素材に、『ちゃんとした墓参りができる国』というテーマを実現させる仕掛けを構築していきました」
キーワードとなるのは、江戸城の本丸、つまり政の場で催される能ではなく、将軍が日々暮らす御座之間で催される「奥能」。一介の能役者の息子で、身代わりの藩主である剛はその高い処へと辿りつけるのか……。
「能という偉大なアートを小説の道具として使いこなすのは相当な覚悟が必要で、専門家の方に伺った有意義なお話にもずいぶん助けられました。でも、ここまで書けたら大丈夫ということはなく、いつ墜落するかわからない恐怖が連載中はずっと続きましたね」
一冊を書き終えることが「信じられなかった」ほどタフな長編は、最終盤、降りてきた一文によって道筋が示されたという。既存の概念を跳び越えた、著者の新たな代表作に刮目してほしい。
あおやまぶんぺい 一九四八年神奈川県生まれ。経済関係の出版社、フリーライターを経て、二〇一一年「白樫の樹の下で」で松本賞、一六年『つまをめとらば』で直木賞受賞ほか。
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