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<夏木志朋インタビュー>普通になりたい高校生と、普通になれない美術教師。規格外の新人作家が、どうしても描きたかったもの

<夏木志朋インタビュー>普通になりたい高校生と、普通になれない美術教師。規格外の新人作家が、どうしても描きたかったもの

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

電子版35号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

『ニキ』(夏木 志朋/ポプラ社)

「普通」になれない男子高校生と、「普通」になりたかった担任教師。第九回ポプラ社小説新人賞を受賞した夏木志朋さんの『ニキ』は、人間のままならない情動を描き切った青春小説だ。己の生きづらさと葛藤する彼らの姿はあまりに生々しく、読者が安全地帯に逃げ込むことを決して許さない。

 夏木さんが小説を書き始めたのは、二六歳のとき。大阪文学学校に通い、本作が初めて書き上げた長篇だった。

「他人には言えない秘密を抱えた人たちの切実さを描きたいという思いが強くありました。ひとつの作品として完成させることの難しさはありましたが、自分が見つめたかったテーマを込められたという実感があります」

 高校生の田井中広一は、学校では常に浮いた存在で、同級生たちの冷たい視線に晒されている。「変わった人」として疎まれる自分に戸惑い、劣等感に苛まれていた。

「広一のパーソナリティは発達障害としてカテゴライズされるものかもしれませんが、実際に障害としては診断されていない。そのことに彼自身複雑な感情を持ち合わせている。診断されるということは、何らかの対処法も与えてもらえるということですが、それすら手にできない広一は、自分の生きづらさの原因を、自分で解剖していかなければならないんです。自分には何か欠落しているものがあるのかもしれないし、逆にそれこそが独りよがりな思い込みかもしれないという自らへの疑心もある」

 そんな広一の前に現れたのが、美術教師の二木良平だった。如才ない二木は、生徒からの人気も高く、まっとうな社会人として生きている。しかし、彼には誰にも話せない秘密があった。成人女性に性的欲望を抱くことができないペドファイル(小児性愛者)だったのだ。二木は現実に生きる少女に性欲を向けてはならないと自らに言い聞かせ、「がじぞう」というペンネームで、幼い女児を主人公としたポルノ漫画を描いていた。

「小児性愛者には、性的な傾向における少数者という要素がありますが、セクシャルマイノリティであるLGBTと、当然ながら同様に語ることはできません。未成年者とはそもそも合意が成立しないというのが、その大きな理由のひとつです。現実で絶対に実行してはならない以上、その欲望は、ファンタジーとして自己完結させる他に手立てがない。漫画のポルノは二木にとって必要な虚構だったんです。とはいえ、そうした創作物が持つ救いとしての面に目を向けるだけではなく、モラルもはっきり示していかなければいけない。二木という人物を通して、ファンタジーに救われる人間と倫理、その両方を描写できたらと考えました」

 彼は規範に則った教師という鎧を着て、己の抗いがたい欲望を、フィクションの内に閉じ込めることを課していた。自分が、そして自分と同じ性癖を持つ人たちが、決して現実社会での加害者になりませんように、と祈りながら。

「二木はなりたくてそうなったわけではありません。そんな自分とともにこれからも生きていく人なんです。小児性愛については、描かれにくい題材だから扱ったということではなく、私自身がこういう小説を必要としていました。彼らを悪役に置くのでもなく、また、手放しに、生きづらさを抱えた弱者として描くのでもなく、ただ『そのように生まれついた』人間たちが、ではどう生きるかを描いた物語がほしかった」

「がじぞう」が寄稿するポルノ雑誌を広一が万引きし、担任の二木が呼び出されたことから、彼らの奇妙な関係が始まる。ともに孤独だった二人は合わせ鏡のように、共鳴と反発を繰り返す。二木は、広一がずっと口にできなかった「誰かに認めてほしい」という本心を指摘し、「自分の大事な部分をクローゼットの中に隠して生きていく方法もある」のだと伝えた。

「広一は、自分が周囲から距離を置かれる存在であることを、コンプレックスに思うと同時に拠り所にしてきたところがありました。『変なヤツ』であることを、アイデンティティとせざるを得なかった彼にとって、二木の生き方は衝撃的だった。二木の信念の中に、人生をサバイブするためのひとつのヒントを見出していったのではないでしょうか」

 夏木さんは、この世に生きる人ひとりひとりが、それぞれに抱えている切実さと共存できればよいのに、と語る。

「田井中広一という名前は、〈井の中の蛙大海を知らず〉から付けました。彼のように日々息苦しさを感じている人たちが、自分自身を外の世界から捉える方法を見つけて、もっと生きやすくなればよいな、と。『ニキ』は、読む方によって好き嫌いがわかれる小説だろうと覚悟していましたが、彼らが直面している問題を自分ごととして考えてくださった感想が予想以上に多く、ありがたかったです。この作品を通じて、物語でないと描けない世界の大きさに、あらためて気付かされました」

 今後は、様々なジャンルの小説に挑戦したいと語る。目標の作家はスティーヴン・キングだ。

「人間のどうしようもない性のようなものに惹かれます。心の襞から目を背けずに、エンターテインメントとしてしっかり読者を魅了するような作品を書いていきたいです」


なつき・しほ 一九八九年、大阪府生まれ。大阪市立第二工芸高校卒。二〇一六年から大阪文学学校に通い始め、一九年に『ニキ』(応募時は「Bとの邂逅」)で第九回ポプラ社小説新人賞受賞。

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文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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