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政治はなぜ変わらないのか? 独自の価値観調査が明かす日本人のホンネ。

出典 : #文春新書
ジャンル : #随筆・エッセイ

日本の分断

三浦瑠麗

日本の分断

三浦瑠麗

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『日本の分断』(三浦 瑠麗)

 二〇二〇年春。コロナ禍で、どの国も困難に直面していた。しかし、日本は海外メディアから見て特異な状況だった。中国や台湾のように、感染の広がりを強権的に抑え込める法制度があるわけでもない。事実、日本の検査体制は各国対比で整備が遅れていたし、自粛要請に従わない場合も罰則はなかった。アジア諸国は強権的な政府が多いから感染を抑え込めるのであり、自由主義諸国の人々を従わせるのは難しいという論説が欧米で山と書かれたが、日本だけは、政権が指導力不足を批判され支持率がどんどん低下していったのにも拘わらず、相変わらず奇妙なほど社会は安定していた。春頃の日本の状況は、BBCやニューヨーク・タイムズ紙の特派員がいぶかしむほどだった。彼らは日本政府が何か感染状況を隠蔽しているのではないかと猜疑心に駆られていた。確かに、欧米メディアが指摘する通り、日本政府には情報公開が不十分だったり、コミュニケーションが不親切な傾向がある。政府文書の改ざんなどの不祥事にも事欠かない。だが、政治不信を深めてもおかしくない状況にありながら、社会は安定しており変化を望んでいないように見える。自民党政権は不人気と承認のあいだを揺れ動きながら、持続性を保っている。

 なぜ日本ではなかなか政権交代が起きないのかという疑問も、長年日本にぶつけられてきた。小選挙区制を導入したにもかかわらず二大政党化が進まず、二〇〇九年に民主党が政権を獲ったほかは、政権交代が起きていない。しかし、こうしたことをもって、欧米を基準に、日本を民主主義が成熟していない遅れた国として見る視線は独善的に思える。これらの問題は、おそらく「文化」論を持ち込まずに説明することが可能だと思うからだ。日本社会が安定しているのは民主主義が成熟していないからではなくて、別のところに理由がある。そもそも国によって人々の価値観のありようや政治の対立軸は異なる。人々の価値観がどのように政治化され分断されているかによって、選挙における有権者の投票行動は大きく影響を受けているが、その価値観の分断をめぐる構造が日本は特殊なのである。

 二〇一九年八月に行った「日本人価値観調査」(山猫総合研究所がマクロミル社の協力を得て実施、インターネットパネルに登録した全国の十八歳以上の人々を各年代別に収集した二千六十人の回答を、年代別人口比に合わせて割り戻して集計している)は、そのような考え方に基づいて設計したものである。調査目的は、日本人がどのような価値観やイデオロギーで分断されているのか、どのような動機に基づいて投票しているのかを調べることにあった。

 二〇二〇年四月には、ツイッターやフェイスブックなどのSNSを利用して、簡易版の調査を気軽に体験できる「あなたの価値観診断テスト」を行い、ツイッターでトレンド入りするなどして、回答は一週間で十二万回を超えた。多くの人々が自分の価値観はこうだったとハッシュタグ(#あなたの価値観診断テスト)付きの画像をSNSに投稿していた。

 これらの調査やテストから見えてきたものとは、日本の有権者は本来多様なのに、日本における政党間競争の主役となりうる価値観の対立軸はごく限られているということだ。日本社会を分断する論点は、憲法や日米同盟をめぐる抽象的な価値観に集中しており、幅広い論点を包摂するものではない。これらの知見は報告書として日英両言語でまとめ、公開した。とりわけ、日本の有権者の投票行動がごく限られた憲法や日米同盟をめぐる対立軸によって大きく影響を受けているという結論部分は、ジャーナリストらの目を惹いた。いわば、政権交代のために必要な対立軸が日本政治には欠けているのだというのがそこでの含意である。

文春新書
日本の分断
私たちの民主主義の未来について
三浦瑠麗

定価:902円(税込)発売日:2021年02月19日

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