- 2021.05.11
- インタビュー・対談
伝説の漫画が小説としてよみがえる――『小説 火の鳥 大地編』上下(桜庭一樹)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
これはまぎれもなく「火の鳥」だ!
故手塚治虫の名作『火の鳥』シリーズのうち、描かれぬままになっていた伝説の『大地編』が、桜庭さんの筆で小説として完成した。
手塚が遺した『大地編』のシノプシス(梗概)はわずか原稿用紙二枚余。昭和十三年、日中戦争の勝利に沸く上海を舞台に、導入部の筋が淡々と綴られている(本書下巻の巻末に収録)が、
「一読、短い文章の中に華やかな世界が広がっていて驚きました。この時代だと満州国も出てくるでしょうし、タクラマカン砂漠と書かれているからシルクロードの旅も描かれるはず。上海財閥、関東軍の将校、中国八路軍のスパイに謎の美女、『火の鳥』でおなじみ猿田博士まで登場して、先々の展開に必要なキャラクターが冒頭でみんな揃ってるんです。読めば読むほど『天才はシノプシスもすごい!』と感動し、これはぼんやり書き始めちゃいけないぞ、と、とても緊張しました」
桜庭版『大地編』は、関東軍少佐・間久部緑郎が、砂漠の都市・楼蘭に生息するという「火の鳥」を捜す調査隊長に任命される場面から幕を開ける。苦労の末、楼蘭に辿り着いた一行は信じられない光景を目にして……。先の展開を明かすことは控えるが、“ありえたかもしれない日本”の姿が幾通りも描かれ、しかもそこに「火の鳥」の“力”が関与していると発想する桜庭さんのアイデアは見事という他ない。
「先生のシノプシスが日中戦争から始まるということは、少なくとも太平洋戦争が終わるまで物語は続くだろう、近代史を総括するような話になるんだろうと想像しました。あわててアジアの歴史を猛勉強したのですが、江戸時代まで鎖国していた日本が、なぜ日清、日露戦争に勝てたのかという疑問が頭から離れなかった。専門家の先生に尋ねてもやはりわからなくて、『火の鳥』の“力”が作用したから日本は勝てた、という物語を思いついたのです。逆に、日中戦争の後半以降、日本が勝てなくなるのは、この“力”を使えなくなったからではないか、とも」
ラストシーンは「手塚先生ならこう描いたに違いない」結末を考え抜いたという。戦争の終結と「火の鳥」の運命とを重ねて描く桜庭さんの想像力には、誰もが言葉を失うはずだ。
「インパール作戦の資料を読みながら新型コロナ禍のニュースを聞いていると、現場の兵站を無視して無理な作戦を立てた軍の上層部と、政府のコロナ対応が重なって見えるところもあり、人間って変わらないんだな、と思います。歴史を勉強すると、いまの問題を考える上で過去は切り離せないということもわかってきますね」
さくらばかずき 二〇〇七年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞、〇八年『私の男』で直木賞を受賞。近著に『東京ディストピア日記』『桜庭一樹のシネマ桜吹雪』など。
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