――登場人物を決めてから書き始めましたか?
大島 登場人物も書いていくうちに決まっていく感じです。浄瑠璃作者の半二を書くことになるだろうとは思っていましたが、どういう書き方になるのかはわかっていませんでした。1行目を待ち、それに従って、半二もどんどん書きながらはっきり見えてくるのが楽しくて、それが書くモチベーションにもなるんです。
書いていると登場人物の気持ちがわかる瞬間があります。わからない登場人物も、自分はこういうふうには考えないけど、別人としての思考の流れがわかります。自分の中にあるものだとは思いますが、普通に生きていたら決してそこに思い至ることができないものに書いていると会えることがありますね。
――題名はどうやって決めているのですか?
大島 短編のタイトルは書いているときに急に決まります。書いていると確信を持ってこのタイトルだというのがわかる感じです。ですが、単行本のタイトルになってくると、困る時が多いですね。『渦』は一冊にまとまったときにどういうタイトルにすればいいのかわかりませんでした。歌舞伎座の横の喫茶店で編集者3人と打ち合わせをしているときに、3人が3人とも『渦』だというので、「渦? えええ?」と思っていました。
実は別の出版社で10年以上前から「渦」と仮タイトルをつけた小説を書こうと思っていたので、このタイトルを使いたくなかったんです。途中の短編で「渦」を使ったときは、短編だから許されるかと思っていたんですが、まさか単行本になったときに『渦』と言われるとは思っていなくて……その版元にあとで謝りました。でも打ち合わせが終わって帰る頃にはこの小説は『渦』だなと確信を持ちました。
小説って、世の中に出ていきたいときに、自分のかたちを小説の方が決めていくということが、私の場合、昔からある気がしています。『渦』の続編で今夏に出る新刊のタイトルは『結 妹背山婦女庭訓 波模様』なのですが、人形遣いの勘彌さんがお持ちのお人形の名前も「結」で、『渦』に出てくるお末ちゃんの子供の名前も「結」。そんな風に偶然が重なったことがありました。
高校生の方の中には小説を書いている方も多いようですが、小説を書いていてそういう偶然が重なる時はうまくいっている時なんです。もし自信がなくなっていたとしても、それはいいサインだから書き続けた方がいいと思います。
――自分自身の経験を書いた作品はありますか?
大島 『渦』のような江戸時代であっても、どの作品も全く違うシチュエーションでも自分の経験は染み込んでいきます。自然に流れ出していっているものがあるので、どの作品にも私の経験が入っていると思います。
写真:深野未季