- 2021.07.10
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「“歴史の継承”という名の希望」――呉 勝浩
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第165回直木賞候補作『おれたちの歌をうたえ』
「一九七六年、九九年、そして現在の三つの時代を書こうと考えた段階で、短い物語にならないことは分かっていましたが、まさかここまでの大長編になるとは想像していませんでした。ただ、この長さが必要な物語であるということは自信を持って言えます。読者の時間をいただくわけですから、いかに没入して面白いと思ってもらえるか、一文一文の言葉選び、ストーリーの面でも妥協せずに工夫を凝らしました」
各所で絶賛された『スワン』に続く本作は、呉さんの著作の中でも最大のボリューム。「大きな力こぶは見せられたんじゃないか(笑)」と語るように、入魂の一冊と呼ぶにふさわしい小説となった。
元刑事で、現在はデリヘルの運転手として糊口をしのぐ河辺久則はある日、幼馴染の佐登志の死を知らされる。この一報を届けた若者・茂田は、佐登志が残した暗号に彼の隠し財産が示されていると信じ、それを解くヒントを久則が持っていると考えていた。期せずして、二人はこの暗号を解くために動き出す。
「僕にとっては数学的に解き明かしていくタイプの暗号より、暗号文自体は平易でも、あるとき認識がひっくり返され、『こういう意味だったのか』と驚けるものが魅力的だったんです。結果、暗号を解くために、少年時代に雪山で過激派メンバーを偶然発見した久則と佐登志を含む“栄光の五人組”と呼ばれる同級生たちの歴史と秘密を、久則の視点から描く小説になりました」
高校時代、彼らはある凄惨な事件に遭遇し、苦い別れを経験する。しかし約半世紀後、暗号に導かれるように、当時わからなかった事件の真相が明らかになっていく。魅力的な謎が用意される一方、久則と茂田をはじめ、年代が異なる人物の交流やそのときの風俗が三つの時代で鮮やかに描かれ、色んな世代の読者が感情移入できるようになっている。そして衝撃のラストのゆくえは――。
「この作品で書きたかったことのひとつが、“先行世代からの継承”です。先輩から後輩に受け継がれるものって、決して良いことだけでなく、負の側面も必ずある。同時に、豊かさや知恵も含んでいるはずです。現代パートでコンビを組む久則と茂田は約三十、歳が離れていて、分かり合えない部分も多くあります。そんな二人が偶然の交流を通じ、互いに与え、受け取り合う。もしかすると、そうした“つながり”の中にこそ希望はあるのかもしれない。自分なりに抱いていた想いを、ラストでは表現できたのかなと思っています」
呉勝浩(ご・かつひろ)
1981年青森県生まれ。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞。20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞、第73回日本推理作家協会賞を受賞、および第162回直木三十五賞候補。他の著書に『ライオン・ブルー』、『マトリョーシカ・ブラッド』など。
直木賞選考会は2021年7月14日に行われ、当日発表されます
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