「麻薬売買や臓器売買は、資本主義の究極の形だと思います。僕らの周りにも、一見普通の人でも、お金の話になると容赦ない人がいますよね。ビジネスの世界では、善悪関係なく法に触れさえしなければ良い、金儲けが全てという会社もあります。裏社会で生きる人々は、僕たちとは違う世界の人間のように思えるかもしれませんが、資本主義のシステムの上で生きているという点では、ある意味地続きなんです」
佐藤究さん三年半ぶりの新作長編『テスカトリポカ』は、アステカ神話と麻薬戦争、臓器密売ビジネスが絡まり合う壮大なクライムノベルだ。
メキシコの麻薬カルテルを仕切るバルミロ・カサソラは、残虐な男として恐れられていたが、麻薬抗争に敗れ、単身ジャカルタへ逃れる。そこで出会ったのが、かつて心臓外科医だった臓器ブローカーの日本人、末永。彼らに共通するのが“心臓”への並々ならぬ執着だった。バルミロは幼い頃、アステカの神々を信仰する先住民族の祖母から、滅びたアステカで行われていた人の心臓を神に捧げる儀式について教えられていた。彼は末永の企てる心臓の売買に、アステカの儀式を重ね合わせ、闇の世界に引き込まれていく。
「アステカの人身供犠は信じられない話かもしれませんが、実は今の社会にも“生贄”は存在します。SNSで誰かを吊し上げにするのは、そのひとつでしょう。そして臓器売買は、誰かの命のために、誰かの臓器を犠牲にするわけですから、アステカの儀式と同じ構造です」
やがてバルミロと末永は臓器ビジネスの拡大を目指し日本へ向かう。川崎を拠点に活動を始めるが、自らの目的のためなら人殺しも厭わない。
本作で重要な役割を担うもうひとりの人物が、メキシコ人の母と日本人の暴力団幹部の父を持つ土方(ひじかた)コシモだ。屈強な肉体を持つコシモは、ある事件で少年院へ送られるが、木工技術を評価され、施設を出ると工房で働き始める。だが、そこはバルミロらの犯罪の一端を担っており、コシモは知らず知らずのうちに巻き込まれていく。
「フェイクニュースや陰謀論がまかり通る昨今、フィクションに何ができるのだろう、とずっと考えていました。小説だからといってダークサイドの部分を執拗に描くだけでは、他の作品の二番煎じにしかならない。本作では、犯罪と激しい暴力を描きながら、それらを解除していくことを試みました」
コシモは自らの置かれた状況に気づいたとき、どんな行動を起こすのか。読後は強烈なカタルシスを味わうこと間違いなしの大作だ。
佐藤究(さとう・きわむ)
1977年福岡県生まれ。2004年、佐藤憲胤名義の『サージウスの死神』が第47回群像新人文学賞優秀作となり、同作でデビュー。16年『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞。18年『Ank: a mirroring ape』で第20回大藪春彦賞、および第39回吉川英治文学新人賞を受賞。第165回直木三十五賞候補作の『テスカトリポカ』は、第34回山本周五郎賞を受賞。
直木賞選考会は2021年7月14日に行われ、当日発表されます
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