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【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年6月号)

【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年6月号)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

全国のミステリーファンのみなさん、こんにちは! 蒸し暑い時期を乗り切るのにぴったりの、6月の新刊ミステリーをご紹介します。

文藝春秋が刊行する新刊書籍・文庫のなかから、評者が「これぞ!」と思ったミステリー作品をおすすめするブックガイドです。読み逃しがありませんように、チェックリスト代わりに活用していただけたらうれしいです。


【単行本】

□辻村深月『琥珀の夏

『琥珀の夏』(辻村 深月)

〈ミライの学校〉跡地で発見された女児の白骨死体。遺体は約30年前のもので、死亡時の年齢は9~12歳。だとしたら――この白骨は、私の知っている“あの子”ではないか?

辻村深月さん2年ぶりの長編琥珀の夏は、こうしたミステリアスな「謎」の提示によって幕を開けます。〈ミライの学校〉とは、親元を離れ、自然の中で共同生活をおくる子どもたちのプライベートスクール。カルトと批判されることもある〈ミライの学校〉の夏合宿に、弁護士の法子は、小学生の時、友人の母親に誘われて参加したことがありました。学校のクラスメイトとうまくやれない少女だった法子は、いわば“異世界”である〈ミライの学校〉で、かけがえのない出会いを経験していたのです。「ずっと友達」と言ってくれた“あの子”は、本来なら、いま法子と同じ40歳のはず。彼女が、もし、死んでいたとしたら……。

「白骨死体はいったい誰か」という謎を強烈な吸引力にしつつ、過去の記憶が少しずつ掘り起こされていくプロセスが前半の読みどころ。大人になった法子自身、白骨死体発見のニュースに接するまで、過去の自分が〈ミライの学校〉の夏合宿に参加していたことを、すっかり忘れていたからです。やがて、物語のある瞬間を境に、「死体は誰か」という謎が、「あの時、何が起きたのか」「なぜそれが起きたのか」の謎へと転調していきます。それは法子自身の“事件”への関わり方が大きく変わってゆくからに他ならないのですが、探偵役のありよう=観察者のありようと、謎のかたちとが連動して変容するダイナミズムは、まさにミステリーならではの面白さ。大いに楽しんでいただけること請け合いです。

『琥珀の夏』の著者、辻村深月さん

むろん、閉ざされた環境の中で暮らす子どもたちの心情、子どもを預ける親の事情、〈ミライの学校〉と“外の世界”とのシビアな緊張関係など、心理描写も事件の展開も圧巻のひと言。辻村さんの筆が冴えに冴えわたっているために、ことさら「謎-解明」の構造を意識せずとも時間を忘れて物語に没入できてしまう、たいへん贅沢な小説でもあります。

先々の展開を明かさぬよう気を配ると、どうしても抽象的な内容紹介になってしまい、「何が何だかわからないよ!」と思われる方もいると思います。どうか本書を手に取って、面白さの激流に身を委ね、ページをめくっていただけたらと願います。読み終えてみると、みずみずしい心理描写、感情と感情がぶつかりあう迫真の描写の背後に、慎重に言葉を選んで配置する、プロのミステリー作家・辻村深月の姿がほのかに感じられるはずです。どの登場人物にも――子どもにも、大人にも、また、彼らが体現する価値観のいずれにも――それぞれに共感しつつも、一定の距離感を保ち、さながら精巧なガラス細工を組み上げていくような緻密さで、壮大な小説が紡がれていることがおわかりいただけると思います。

【文春文庫】

□辻村深月、乾くるみ、米澤穂信、芦沢央、大山誠一郎、有栖川有栖『神様の罠』(アンソロジー)

『神様の罠』(辻村 深月/乾 くるみ/米澤 穂信/芦沢 央/大山 誠一郎/有栖川 有栖)

さて、その辻村深月さんも参加する推理アンソロジー『神様の罠が文春文庫から刊行されました。辻村さんの「2020年のロマンス詐欺」は、コロナ禍の下、山形から上京した大学1年生がまきこまれた奇妙なアルバイトの顛末を描く傑作中編。

乾くるみさん「夫の余命」は、イニシエーション・ラブも真っ青の究極のサプライズが待ち受けるスゴイ一編。なんということのない地の文、たわいもない会話の一言一句すべてが伏線と言っていいミステリーの理念型ではないでしょうか。

米澤穂信さん「崖の下」は群馬県警の警部補が探偵役を務める著者初の本格警察推理。雪山で発生した奇怪な殺人現場で、前代未聞の“凶器当て”が繰り広げられます。

芦沢央さん「投了図」は、辻村作品同様“コロナ禍の謎”に照準しつつ、将棋ミステリー『神の悪手』を上梓した芦沢さんらしく、将棋のタイトル戦を絡めて物語を展開していきます。タイトル棋戦の舞台となる旅館に「ウイルスを集めるな」と張り紙をした犯人の心理とは……?

大山誠一郎さん「孤独な容疑者」が描くのは、未解決事件の再捜査にのぞむ刑事の超絶推理。23年前に発生し、そのまま迷宮入りした殺人事件を解決する糸口はどこにあるのか? 意外きまわる犯人の正体、強烈などんでん返しが炸裂します。

「推理研VSパズル研」の著者、有栖川有栖さん

有栖川有栖さん「推理研VSパズル研」は、ファン待望! 江神二郎シリーズの新作です。われらが英都大推理研の面々が、宿敵(?)パズル研究会の挑戦に挑むというのですから、面白くないわけがありません。

6作いずれも個性あふれる力作が並びました。現代ミステリーの最前線にして最高峰の作家・作品が集結した豪華アンソロジーを、ファンの方はもちろん、新しい作家との出会いを期待する方にも、ぜひ読んでいただきたいと思います。

今月はわずか2冊、しかしオールタイムベスト級の2冊をご紹介しました。
ミステリーは私たちの大切な友人です。これからも気になる新刊をどしどしおすすめしていきます! お楽しみに!

 

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単行本
琥珀の夏
辻村深月

定価:1,980円(税込)発売日:2021年06月09日

文春文庫
神様の罠
辻村深月 乾くるみ 米澤穂信 芦沢央 大山誠一郎 有栖川有栖

定価:825円(税込)発売日:2021年06月08日

プレゼント
  • 『男女最終戦争』石田衣良・著

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