捜査を掻き回すジョーカー、犯罪学者・火村英生と相棒アリスはソレを見つけ出せるか? 『捜査線上の夕映え』有栖川有栖――第1章立ち読み
第一章 取調室のレクチャー
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九月四日。
目的を与えられた捜査員たちが散り、午前九時半の捜査本部は閑散としている。
鮫山は一隅の机に向かい、三十分後にやってくる犯罪学者・火村英生とミステリ作家・有栖川有栖に事件の概要を説明するための資料を確認していた。死体検案書、現場写真、関係者らの供述調書……。〈トミーハイツ〉に設置された防犯カメラの映像がパソコンに収まっているのかも今一度確かめる。
現場の見取り図や付近の地図など、彼らに手渡してよいもののコピーも揃っていた。準備が整ったら時間がくるまで手持ち無沙汰だ。捜査協力にやってくる〈先生方〉に早くきてもらいたい、と思う。
火村准教授は、京都・北白川から愛車を飛ばしてくると聞いていた。バンパーのみならずボディにも凹みのある年代物のベンツ――「調子が悪くて整備に出しています」と火村が言うのを何度か聞いた――を東大阪市の布施署まで駈ってくるということは、新型コロナウイルスに感染することを警戒してのことか。車が絶好調だから乗り回したい、というわけはあるまい。
ミステリ作家の有栖川は大阪市内の夕陽丘在住だから、地下鉄や近鉄を利用してものの三十分もあればここに着く。くたびれた国産車でくるつもりかもしれないが。夜中に執筆するタイプでふだんは正午を過ぎて起床するそうだから、いずれにしても彼にすれば大変な早起きをするわけだ。
どのように二人にレクチャーをするかは、頭の中で組み立てが済んでいる。その段取りを確認していたら、廊下で話し声が聞こえた。こちらに近づいてくる。
「昨日、本を買って、もうお読みになったんですか?」
一人は班長である船曳警部。
「いえ、そんなに早くは読めませんよ。ざっと流し読みをして、どんな感じの小説なのかを見ただけ。私が思ってたのと違いました」
相手は、署長の中貝家警視だった。鮫山はあらかじめ腰を上げ、扉が開くなり一礼する。
「ああ、えーと、鮫山さん」署長が言う。「あなたが先生方に説明してくれるんでしたね。いつものこと?」
「いつもと決まってはいませんが、よくその役を担います」
「そう」
中貝家警視は、制服姿が実に似合っている。背筋がぴんと伸びた姿勢のよさは警察官の中にあっても際立ち、女性にしては上背があるため、凜とした佇まいとあいまってタカラヅカの男役を思わせた。
ノンキャリアの叩き上げ。生活安全部が長く、刑事部も数年は経験している。府警本部の警務部を経て一年前に布施署長に就任していた。年齢は五十一歳だったか二歳だったか。
「署長は、有栖川さんの本をお読みになったそうや。どんな小説を書いている作家かチェックするために」
船曳は鮫山に言ってから、中貝家に顔を向ける。
「思っていたのと違ったそうですけど、どう違いました?」
「犯罪捜査に関心がおありなのだから、警察の組織や捜査をリアルに描いた小説を書かれるのかと思っていたんです。だいぶ違いましたね。離れ小島で連続殺人が起きたりして、巡査の一人も登場しない。その犯人を素人探偵が突き止めるんですから、何と評すればいいのか……。率直に言うと、絵空事に思えました」
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