舞台となった長崎の印象
ミュージシャンの渡會将士(わたらい・まさし)さんの初となる小説作品『西の果てのミミック』が7月15日に刊行となる。
これまでに作詞を手掛けた楽曲は200曲以上。茜色の空を舞う椋鳥の姿に故郷への思いを投影した「カントリーロードアゲイン」や、“生姜や葱の青いところ”といったユニークなワードで日常を描く「モーニン」など、印象深い言葉を歌にのせてきた渡會さんが初めて完成させた小説に対する思いとは――。そして、いよいよ再開されるツアーについてのお話を伺った。
渡會さんにとって、今作の舞台になった長崎は、ライブで何度も訪れた地。また、「長崎は雨だった」という楽曲もあるほど、ゆかりの深い場所である。
「行く前はそれこそ、『長崎は今日も雨だった』(内山田洋とクール・ファイブ)という昔の曲の印象があって、着いた日も確か雨でした。ちょっとじめっとした雰囲気なのかなと思っていたら、霧雨の中でランタン祭りがあって、季節とか天候を思い切り楽しむ雰囲気を感じました。出会った人たちにも、よくしていただいて。長崎のラジオ局の方々は非常に温かくて元気のいい方達でしたね。それから地元の方に聞いたら、別にそんなに雨が降らないと(笑)。降水量は全国とあまり変わらないと言われました。それから、長崎市は、立地も含めて非常に面白かったです。駅に着いて改札を出てすぐ見える街並みがすり鉢状になっていて、ものすごく大量の建物が見えるんですよね。円形劇場みたいで、実際のサイズよりもすごく大きい街に見えるんですよ。そこも好きですね」
楽曲とリンクしたストーリー作り
渡會さんがストーリーを書くのは、今作が初めて――ではない。
2001年に結成したFoZZtoneの活動中に、ファンクラブのモバイルサイトで発表されていた作品がある。2013年に発表されたアルバム「Reach to Mars」と同名のストーリーやいくつかのショートショートがそれだ。
「バンド時代に、とにかくタイアップが欲しいなと思っていたんですけど、そう簡単につくものではない(笑)。それなら、いっそのこと自分でバックストーリーを作ってみようかと。掌編から、未完の長いものまで色々書いていたんです。挿絵を入れたものもあって、ガッツリと“小説”を意識したというより、気軽に読める絵本みたいなものをイメージしていました。特にゴールを定めないまま、いかに歌詞の言葉を引用するかを意識して強引に話を作ったんで、気がついたらめちゃくちゃ長くなってしまったものもありました」
ファンの間でも話題になったのが、昨年、渡會さんのSNSでアップされた「白鯨」というタイトルがプリントされた散文の写真。全文は公開されていないが、FoZZtoneの楽曲「白鯨」を想起させるものだった。6曲からなる“組曲”で、2011年の発表当時、異色の構成で注目された。
「当時のチームがキング・クリムゾンとか10ccとかのコンセプチュアルなアルバムが好きだったので、『こういうストーリーで組曲を作らないか』と呼びかけようという気持ちで書きました。今まで自分たちがリリースしてきた曲のタイトルや歌詞をねじ込んで、結果的には、メンバーみんなに『こういうものをやってきましたよね、我々は』ということを、違う角度から再認識してもらおうと。物語の途中までしか書いてないんです。ゴールは楽曲で作ろうよ、と」
歌詞と小説の違い
『西の果てのミミック』はそうした過去を経て、初めて完成された小説作品となる。
夜の長崎港で、主人公の男が、ずぶ濡れの美女と邂逅するところから始まる今作は、不思議な旅路を描くエンターテインメント小説だ。
歌詞の中で「傷みやすい魚みたいな言葉」と表現したこともある。歌詞を書くことと、小説を書くことには、同じ“言葉”を使った表現でも、どんな違いがあったのだろうか。
「音楽はメロディーで補える部分が非常に大きいので、ある意味で歌詞は伝わらなくてもいいという瞬間が結構あります。効果音として伝わればいいという瞬間とか。あるいは音に対しての文字数の制約が非常に厳しいので、その中で、端的に伝えられる、あるいは複数の意味を盛り込める、そういった言葉探しに終始しますけど、小説はそれがない。逆にどこまでも書いてしまう。そこはちょっと難しかったです。
音楽は、完成は一応あるんですけれども、その後ライブがあるので、受け取った方の反応も含めて、曲だけで全て完結させる必要がない。しかも何度も演奏していくものなので、それほど堅苦しいエンディングも必要ないと思うんです。繰り返し聞いてもらうものですから。でも、小説は、音楽を聴くように何度も読み返すものではないし、人によっては一度読んだら、二度と読まないということもあるでしょう。そういう意味で、落としどころをつけるという作業は苦痛でしたね。中盤、自分でも盛り上がってきたなと感じながら書いてるときは、音楽を作る作業と非常に似ていて、楽しく書けていたんですが、最後のあたりを書いているときは『終わらせるのか、つまらないな』って(笑)。もちろん、ゴールはある程度決めて書いてはいました」
オーディエンスとの関係のなかで変化していく音楽との違いを肌で感じるのはミュージシャンならでは。そうした音楽的感性は本作にも随所に現れている。
「爆笑問題の太田光さんが、落語はサゲが一番つまらないということを言ってるんですね。それは落語への愛が故におっしゃっていたんですけど、自分もそのタイプなんです。オチよりも、中盤の何かわちゃわちゃしているときが一番楽しい。曲を作りきって、あとはライブで楽しむというのではなく、この本の中で全部完結させなければいけないという作業は、音楽とは全く違っていて苦心しました。読んでいただく方に、オチだけを意識しすぎず、この話は中盤がメインというか読みどころと受け取ってもらいたいです。連載が中断している漫画が一番面白い――そんな気がするんですよ。
今回、初めて小説を終わりまで書いて改めて思ったのは、何にでもそれなりの終わりはあるけれども、そこに何かオチがつく必要もないということ。それはミュージシャンだから思うことかもしれません。音楽にはフェードアウトもありますからね。
ただ、エヴァンゲリオンがあんなにバズったのも、やっぱり終わらなかったからということがすごく大きいのかなという気がしています。小説は完結させることに美学とストレスがあって、そこが面白いですね」
丁寧に音楽をやっていく
8月からは、延期になっていたライブツアーの振替公演がいよいよスタートとなる。コロナ禍で、特にライブハウスは強い逆風を受けた。再開されるライブへの思いとは。
「とにかくやってくしかないだろうなという気がしています。ちょうど1年ぐらい前にも、なんとなく1年たてば、ワクチンも浸透して大丈夫というようなことをみんな思ってましたけど。ロックダウンに成功したニュージーランドとかはいま普通にフェスもできる状況にまでなった一方で、日本は、このご時世で、いろいろと事情があって、グダグダしている。だから、去年の時点で、ちょっと長引きそうだという気がしていました。自分もライブを続けることはできたんでしょうけど、いらっしゃるお客さんや、ファンの方々の不安を煽るのもよくない。一旦止めてしっかり楽曲を制作することも大事だと思いました。そしてこれからはとにかくみんなに常に、手洗いうがいしてねとか、ご自愛くださいということを伝えながら、健康にやっていくだけですね。コロナ禍に限らず、大なり小なり、こういうことはずっと続いてきている。震災にしてもそうですし、派手なデモ行為とかをやっている国もありますし、ストライキで首都機能が麻痺して、今日開催する予定だったライブ会場にアーティストが行けないということも、別の国ではありえる。どんな状況でも丁寧に音楽をやっていくしかないと思います」
小説を書いたことで、音楽活動に対する変化や還元されるものはあるのだろうか。
「発売されて、読者の方の反応を見ないと、自分でもわからないですね。音楽のファンの方も読んでくださると思うんですけど、今まで全然、渡會将士を知らなかった人が小説から入っていただいて、曲をサブスクなどで聞いてもらえたらどう感じるのか。今回の小説に通じるものがあるのか、それとは全く違う印象なのか。その反応がとても楽しみです」
渡會将士(わたらい・まさし)
2012年に初のソロ作品を発表後、精力的にソロ活動を展開。「マスターオブライフ」など数々の作品を世に送り出す。2015年、菊地英昭氏がプロデュースするプロジェクトbrainchild’sのヴォーカルとしてオファーを受け、作詞も担当する。
ツアー情報は公式サイト https://wataraimasashi.com/ にて詳細をチェック!
https://peace-m.jp/ にて予約特典あり
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渡會将士『カントリーロードアゲイン』Official Music Video Short ver.
渡會将士『モーニン』Official Music Video Short ver.
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