- 2021.03.26
- コラム・エッセイ
祝文庫化! 髙見澤俊彦『音叉』刊行記念エッセイ「1973 あの頃の僕へ」#2
髙見澤俊彦
オール讀物2018年8月号より
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「オール讀物」3・4月合併号にて新連載小説「特撮家族」がスタートしたTHE ALFEEのリーダー、髙見澤俊彦さんの初小説『音叉』が待望の文庫になります。
スピンオフ短編、さらに文庫用書下ろしエッセイも収録! 文庫版『音叉』もぜひお楽しみください!
※単行本刊行時の記事(2018/8/31公開)です。
当時僕が大学生活に刺激を感じられなかったのは、多分高校と同じ敷地だったということもある。高校の頃から、大学構内を友人達と探検と称してウロウロしていたから(高校の規則では禁止されていた)、大体どこに何があるかは把握していた。目新しいものは何もなかったのだ。英文科の女子の存在は目新しくもあり、眩しくもあった。が……恋愛に発展するまでにはいかなかった。それはそれで、今思えばちょっと残念だったかもしれない。
そんなある日の昼下がり、英文科で一年先輩のちょい派手で綺麗なIさんに、学食があるグリーンホールでバッタリあった。あなたってそこそこギター弾けるらしいわね? だったら私達の部に来なさい。と半ば強制的に入部させられたのが、LMS(ライト・ミュージック・ソサエティ)という軽音楽部。そこで好きなロックでも一日中聴いて過ごせるなら、退屈な大学生活もマシになるかなと思った。
が、LMSの慣習なのか、部長の趣味なのか、週に二回ほど昼休みにLMS全員で集まり、輪になってシングアウトするのだ。ちょっと待ってくれ! 冗談じゃない! そんなみんなで集まって仲良く歌ってられるか! 群れるのが苦手な僕にとっては、地獄の苦しみ以外の何ものでもない。一度だけI先輩の顔を立ててシングアウトに出たが、後はそのままフェイドアウトするかのように退部してしまった。根性なんてあの頃の僕には無縁のもの。ひたすら怠惰に過ごす事が信条のダメな学生だった。
そもそも、自分が何をしたいか? それすら曖昧な年頃。今と違って一日がとてつもなく長く感じたものだった。なんで英文科にしたんだ。何もかもが的外れな僕は第二外国語もなぜかフランス語を選択した。あれほどドイツ文学に傾倒していたはずなのに……後悔先に立たずだ。
高校の頃はテスト範囲を勉強すれば、ある程度の点数は取れたし、授業もボンヤリ聞いているだけで、それなりに出来てしまった。しかし、大学はそうはいかない、自分で何を勉強するか決めることを強いられる。僕は教師になろうと思っていたので、必然的に教職課程を履修して英語の教師を目指すことになる。しかし英語の嫌いな英語教師なんてあり得ない。そんな先生に教えられる生徒は悲劇だ。
ただ、英語が好きではないと言っても、英米文学自体は嫌いではなかった。
明治学院は英語教育が盛んな学校だったから、高校時代も外国人講師による英会話の授業があった。Jというアメリカ人の講師は話も面白く英語もわかりやすいので、英会話の授業が楽しみだった。しかしそのJ先生は、突然学校に来なくなった。休講が続き別の外国人の先生になったが、J先生の英会話授業ほどは面白くなくなった。当時、J先生が明学に来なくなった理由として、徴兵でベトナム戦争に行ったという噂が、まことしやかに流れたものだ。しかし、半年ぐらい経った頃、テレビで神田辺りの英会話学校のCMに笑顔で出ているJ先生を発見! なんだ、ベトナムじゃなくて神田かよ! と思わず突っ込みを入れながら、胸をなで下ろした僕だった。
大学でも、外国人講師の授業はあった。その先生はとても大きな声で講義をされるので、時々耳と頭が痛くなる。多分全員に聞こえるように、あえてラウドに大きな声で講義をしていたのだと思う。そんなラウドな先生の講義の時(何の講義だったかは覚えていない)、一番後ろの席で友人が持って来たギター……確かストラトタイプのギターだったと思う。それを二人で触っていたら、突然ラウドな声の先生は、この世のものとは思えないぐらいデカい声で、僕らに言い放った。
「ゲラウト!」
えっ? 僕らは顔を見合わせて、しばらくその状況がめずにいたが、どうやら邪魔だから教室から出て行けということらしいと、先生の形相や雰囲気から察することが出来た。これでこの授業の単位も危ういな……と思いながら友人とその教室を後にしたが、ますます英語が嫌いになりそうな僕だった。
これからどうすりゃいいんだ? 学院内のカフェテラスで一人でベンチに座っていた。何をするでもなく、授業もダメ、部活動もダメ、コンパもダメ、そんな自分の未来を考えるだけで、ため息まじりに涙もあふれそうな勢いだ。春なのに風も冷たい。
1973あの頃の僕は、怠惰の沼にハマって身動きが出来ない状態だった。とにかく誰かここから出してくれ! 声にならない叫びってあるんだなぁと思ったその時だ……。
「高見沢くんだっけ?」
えっ? と声をかけられ、振り返ると、満面の笑みでギターケースを持った坂崎幸二が僕の目の前に現れた。一瞬風を暖かく感じた。
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