- 2021.10.14
- 書評
横浜の風景も堪能しながら、物語の謎も追いかける。楽しみの詰まった一冊だ!!
文:細谷 正充 (文芸評論家)
『こちら横浜市港湾局みなと振興課です』(真保 裕一)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
続く第二章「夜のカメラマン」は、年に一度の港客船フォトコンテストに入選した写真に、泰成が疑問を感じたことから、ストーリーが動き出す。第三章「港の心霊スポット」は、豪華客船の見学イベントの客が撮ったらしい写真に、子供の幽霊が映っていたことから、暁帆と泰成が事態を収拾することになる。
以上の三章まで読んで感心するのは、ストーリーの運びの巧みなところだ。問題が起こってコンビが動き出すと、意外な事実が明らかになる。そこから予想外の展開が楽しめる。特に「夜のカメラマン」は、読者の興味を惹く発端から、思いもかけない着地点まで、ミステリーの面白さを堪能した。
さらに第四章「氷川丸の恩人」と第五章「ふたつの夢物語」で、さまざまな描写や登場人物の持つ意味が明らかになっていく。泰成の行動が不審なら、半年前に市長になったばかりの神村佐智子の行動も不審。また、地元の大物経営者や政治家など、なにかと口を出してみなと振興課の仕事を増やしていた人物も、新たな意味を持ってストーリーに絡んでくる。第二章で未解決になっていたある件や、第三章で泰成が仕事を交代させられた訳など、あれっと思った部分も、すっきりと解明されていくのだ。幕末の開港以後、多くの歴史とエピソードのある横浜らしい、過去を掘り起こした事件の真相に満足。個人的には、山下公園前に浮かぶ「氷川丸」の扱いに、大喜びしてしまった。
また、登場人物の魅力も見逃せない。第三章までは泰成が名探偵役だが、暁帆も聡明だ。第四章になると暁帆が、積極的に泰成や市長の抱えている秘密に肉薄していく。みなと振興課の忙しさに陰で文句をいい、長いものに巻かれることも厭わない。だが仕事に対しては誠実だ。泰成と幾つかの騒動を解決していくうちに、彼女のよき資質が表に出るようになり、ついには市長に向かって「わたしたち市の職員には、市の未来を担うべき人を支えていく義務があるんです」というまでになるのだ。
だからといって暁帆が、職場で孤立するようなことはない。泰成に対して、職場の先輩として、教えるべきことは教える。中学からの友達で、隣の課にいる東原麻衣子とは、仲良くやっている。面倒な仕事を押しつけてくる武田課長(実はかなり有能)も、評価すべき点は評価している。市民情報室の柳本三奈美に敵意を向けられても、軽くかわす(この件に関しては、完全に泰成が悪い)。初期の「小役人」シリーズの主人公たちとは、まったく違うのである。きっとそれは、本書がお仕事小説の側面を持っているからだろう。
もともと作者は、さまざまな分野のプロフェッショナルを描き続けてきた。だから、仕事にやり甲斐を見出したりポジティブに向き合う、お仕事小説に興味を抱いたのは当然といえよう。二〇〇九年の『デパートへ行こう!』から始まる「行こう!」シリーズや、二〇一〇年の『ブルー・ゴールド』、そして本書と、お仕事小説の側面を強く持つ快作を発表しているのだ。
だからといって、作者の本質が変わっているわけではない。エッセイ集『夢の工房』に収録されている「取材の思惑」の中で作者は、
「世の中は、誰もがあこがれる流行りの職業だけで成り立っているわけではなく、地味ではあるが、社会生活に必要不可欠な仕事は存在し、実際に多くの人々が従事しているはずである。目立つことのない裏方仕事ならではのプロ意識なしには続けられるものではないだろう」
といっている。神村市長が腕を振るえるのも、みなと振興課のような、縁の下の力持ちが頑張っているからだ。こうした仕事と人間に対する想いが、真保作品を貫く太い柱になっているのである。
最後に舞台となった横浜のことにも触れておきたい。異国情緒のある横浜は、観光地として有名である。本書にはそんな横浜の景勝が、幾つも登場しているのだ。ついでにいえば、第一章で触れられている森鴎外の名作「舞姫」のモデルになったエリーゼが、明治時代の横浜にやって来たように、多くの人々の想いが生まれる場所になっている。作者はそれを意識して、冒頭の暁帆の回想や、事件の真相から見えてきた人たちの人生を、横浜の地に重ね合わせたのである。ここも本書の読みどころとなっているのだ。
現在、コロナ禍により、横浜への観光や行楽を控えている人は、たくさんいるはずだ。だから、世の中が落ち着いたら、本書を手に出かけようではないか。物語の内容と照らし合わせれば、新鮮な気持ちで横浜の風景を堪能することができるだろう。その日が来るのが、今から楽しみだ。