本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
横浜の風景も堪能しながら、物語の謎も追いかける。楽しみの詰まった一冊だ!!

横浜の風景も堪能しながら、物語の謎も追いかける。楽しみの詰まった一冊だ!!

文:細谷 正充 (文芸評論家)

『こちら横浜市港湾局みなと振興課です』(真保 裕一)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『こちら横浜市港湾局みなと振興課です』(真保 裕一)

 新刊が出たら、内容や値段を気にすることなく、常に購入する作家がいる。真保裕一は、そのひとりだ。結果として作者の著書は全部所持している。ではなぜ躊躇することなく買ってしまうのか。今度はどんな物語を見せてくれるのかと、期待してしまうからである。

 真保裕一は、一九六一年、東京に生まれる。高校卒業後、アニメの専門学校を経てアニメーション業界に入り、作画・シナリオ・演出を担当。また、幾つかの漫画原作も書いている。一九九一年、厚生省の元食品Gメンを主人公にした『連鎖』で、第三十七回江戸川乱歩賞を受賞した。以後、公正取引委員会の審査官や気象庁の研究官など、あまり知られていない公務員を主役に据えたミステリーを発表。一連の作品は「小役人」シリーズと呼ばれていた。後に生れる、外交官の黒田康作を主人公にしたシリーズも、その延長線上にあるといっていい。

 一九九五年に刊行した『ホワイトアウト』が、第十七回吉川英治文学新人賞を受賞。厳寒の冬山を舞台にして、巨大ダムを乗っ取った武装集団に立ち向かうダム運転員の孤独な戦いを描いた冒険小説だ。織田裕二と松嶋菜々子の主演で映画化されたので、ご存じの人も多いだろう。さらに一九九六年のクライム・ノベル『奪取』で、第十回山本周五郎賞と日本推理作家協会賞の長編部門をダブル受賞。その後も、多彩な題材とスタイルを使いながら、ミステリーの秀作を書き続ける。二〇〇六年には、山岳ミステリー集『灰色の北壁』で、第二十五回新田次郎文学賞を受賞した。その一方で、第二次世界大戦に参加した日系二世の若者たちを描いた『栄光なき凱旋』、選挙に賭けた男たちの第二の青春を活写した『ダイスをころがせ!』、歴史時代小説『覇王の番人』『天魔ゆく空』『猫背の虎 動乱始末』などの諸作により、作品世界を豊かに広げているのだ。

 このような作家であるから、次に出てくる物語の内容が予測不能。ただ、従来の作品から面白いことを確信するのみなのである。だから常に新刊が出ると買ってしまうのだ。もちろん本書もそうである。

『こちら横浜市港湾局みなと振興課です』は、「オール讀物」二〇一八年二月号から六月号にかけて連載。同年十一月に文藝春秋から単行本が刊行された。現実の横浜市港湾局には、賑わい振興課という部署があるが、みなと振興課はない。作者の創作である。作中で“港の広報、国際交流、施設管理に防災計画、が主たる仕事なのに、港関連の厄介事はすべて振興策につながるとの理由を作られ、たらい回しの末に押しつけられる”と書かれている。なかなか大変な課のようだ。主人公の船津暁帆と城戸坂泰成のコンビは、このみなと振興課の下っ端職員である。

 ということで本書は、作者の「小役人」シリーズの系譜に連なる作品なのだ。しかし初期作品とは、かなり印象が違う。たとえばデビュー作の『連鎖』の帯に、「乱歩賞史上初の本格ハードボイルド!」と書かれているように、初期の「小役人」シリーズの内容はハードであった。所属する組織や、自己の生き方に対する葛藤も、シリアスに描かれている。だが本書の手触りは、もっと柔らかだ。その理由を説明する前に、作品の内容に踏み込んでいこう。

 本書は全五章で構成された連作風の長篇だ。視点人物は、みなと振興課に勤務する船津暁帆。イベント“横浜港大感謝祭”の準備で忙しいので、新人の増員に喜ぶ。ところが、やって来た城戸坂泰成は、なかなか癖のある人物だった。東京生まれの東京育ちなのだが、なぜか横浜市の職員になった。国立大学出のエリートで、非常に優秀ではあるが、人の心の機微に疎いところがある。そして行動にも不審なところが……。ちょっとした引っ掛かりを覚えながら暁帆は、みなと振興課に持ち込まれる問題を解決するよう命令され、泰成とコンビを組んで奔走する。

 第一章「もう一人の舞姫」は、カンボジアから招いた研修生のひとりが失踪。消えたのはアラナ・ソバットという男性だ。暁帆は泰成と共に、行方を捜すことになる。ところがすぐに怪我をしたソバットが入院していると判明。これで一件落着かと思いきや、事態は意外な方向に転がっていく。

文春文庫
こちら横浜市港湾局みなと振興課です
真保裕一

定価:847円(税込)発売日:2021年10月06日

ページの先頭へ戻る