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「背中、おばあちゃんみたいだね」 田中みな実を奮い立たせた 元恋人からのショックな一言

「背中、おばあちゃんみたいだね」 田中みな実を奮い立たせた 元恋人からのショックな一言

文=ジェーン・スー
イラスト=那須慶子

田中みな実インタビュー<後篇>

出典 : #CREA
ジャンル : #ノンフィクション

「素敵なあの人は、どうやってここまでたどり着いたんだろう?」

 ジェーン・スーさんのそんな問いかけから始まった『週刊文春WOMAN』のインタビュー連載が、この度『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』として書籍化されました。

 本書の刊行を記念して、スーさんがお話を聞いた13人の女性の中から、田中みな実さんのパートを特別に公開いたします。


恋人が「背中、おばあちゃんみたいだね」

 彼女の評価が好意的なものに変わったのは、女性誌『anan』の表紙、手ブラならぬ「肘ブラ」姿からと言われている。長年のコンプレックスだったボリュームのあるバストはもちろんのこと、多くの女性が憧れるしなやかな肉体を持つ田中に、世間は目を奪われた。

 しかし、この体づくりも自分のために始めたことではなかった。

「当時付き合っていた彼に、『みな実ちゃんって痩せてるけどさ、背中、おばあちゃんみたいだね』って言われたんです。ショックでした。細いだけではダメなのかと」

 思い立ったが吉日。田中は即、評判の良いパーソナルトレーニングジムに入会した。

「最初は、彼に評価されたかったんだと思います。2カ月で体が変わると言われたので、信じてちゃんとやりました。そうしたら本当に、いままで見たことのない腹筋の縦ラインが出てきたんです」

 そこにタイミングよく、『anan』の話が舞い込んだ。

「体を多少トレーニングしたことで、そこにフォーカスしてもらえるようになりました。そしたら、どんどん女性誌で体の露出を求められるようになり、そのたびに調整、調整を続けてのいまです。自分のためなんかじゃないの」

 自分のためにしたことは、ひとつもないのだろうか。

「美容も、自信を持ってカメラの前に立ちたい、自信を持って人と話したいから。そのために、良い状態の肌でいたいからやっていることです。確かに他者が介在していますね。誰からも見られないのなら、なにもしないと思います」

 自信がないのなら、誰の前にも出ないという選択も世の中にはある。

「一度でも綺麗な状態を評価されると、維持しなければという気持ちになるわけです。もう少し年月が経つと、そのせめぎ合いになると思います。自分の中での良い状態と、世間が求める良い状態。どれだけナチュラルかという問題も出てくると思うから。その客観性は保っていたいと思っています」

 彼女の客観性とは、他者から需要がある状態かを常に自身に問う視点だ。自分が好きな状態の自分であることではない。

 私がそう言い切ると、田中は、

「人に評価されている状態が、自分が好きな自分なんです」

 と返してきた。自分の中だけでクリアする達成感は、まったく求めていないのだそうだ。他者なくして田中みな実なしの度合いが、想像していた以上に高い。

「考えたこともなかったけれど、みんな誰かのために生きてるんじゃないんですか。自分のために生きている人なんているの?」

 田中には、2歳年上の姉がいる。普段の会話に「私とは全然違う」存在として姉が出てくることはあるものの、彼女はそこから先、あまり多くを語りたがらない。

「姉と弟と私、べったり仲が良いわけでもないし、個々が自立しているから。親に比べられたことも、一緒くたにされたこともないし。いい教育をしてもらったと感謝しています」

 田中の語気から、いつになくけん制を感じた。

「自分という人格を築いた要因のひとつとして、お姉ちゃんの存在はあるだろうなと
いう感じかな」

優秀な姉とは同じ土俵に上がらなかった

 田中は二杯目の紅茶を注文し、ゆっくり、姉について語り始めた。

「子どものころ、私と弟が大喧嘩している横で、姉は本を読んでいました。母が帰ってくると、もう家がめちゃくちゃなわけです。そんな状況にもかかわらず、姉はずっと本を読んでる。姉は東大に行ったんですが、東大に入る子はうるさい居間で勉強するという話があるじゃないですか。本当にそうなの。集中力が尋常じゃないんです。そういう姉だから、喧嘩になることもあまりなくて。たとえば親がケーキを買ってくるでしょう? 選ぶのは私が先でした。姉は『なんでもいいよ~』って。ずーっと本を読んでいました」

 物心ついたころから、田中の隣には、ただただ「自分のために生きる人」がいたというわけだ。

「私は普通の人間だから。お姉ちゃんは特別な人なんだと、幼いころから思っていました。本当に、張り合うことはなかったんです」

 仕事上、わかりやすいキャラクター付けを甘受することはあっても、見知らぬ人に田中みな実を簡素化して飲み込ませるために、家族を巻き込むことは拒絶する。田中の線引きは非常に明快だ。

「そう言えば昔、母が車のキーを探していたことがあって。ソファの隙間に落ちているのが、私からは見えていました。でも、もう少し探してから、私が見つけたほうが褒められるんじゃないかと思って言わなかったんです。誰にも話したことがないけど、自分ではすごく歪んでいると思いました」

 他者からありがたがられるために、手柄を大きく見せる演出を企てる。誰でも一度はやったことがあるだろう。特に歪んでいるとは思わないが、田中は譲らなかった。

「同じ土俵に上がらないよう、姉がやらないものに敢えて挑戦していました。中学・高校で6年続けた器械体操は、人生において一番頑張ったこと。姉はオーケストラやミュージカルをやっていました。私がバク転や宙返りができるようになると、姉や家族が『すご~い』と評価してくれる。だから、もっと頑張ろうって」

 田中の不安は、自分の存在意義を確かめたい欲望と背中合わせだ。彼女は幼少期から、自分の価値を他者に問い続けている。

 しかし、自分の特性由来を姉だけに背負わせるのは不本意なのだろう。両親から公平に扱われたこと、姉と仲が良いことと、姉のような特殊技能がない自分の存在意義を問い続けることは、すべて同時に成立しうる。

「ただ、周りは比べたがりましたね。小学生のころは、海外で姉と一緒にヴァイオリンやピアノや英語のレッスンを受けていたんです。お姉ちゃんはめきめき上達していって。海外の先生って、日本と違って才能がある者を伸ばそうとするんです。だから姉に注力して、私のレッスンの時間は短かった。となると、楽しくない。あ~私向いてないんだねコレ、って。きっとなにか違うことが私にはあるはずと思っていました」

 基礎的な自尊感情を家族に育んでもらえたことは、非常に幸運だ。常に誰かのために動く母と、自分のために生きる優秀な姉。他者に評価される自己像を愛する田中みな実は、母と姉のハイブリッドなのかもしれない。

 ガッツと運は親に授けてもらったと田中は言う。女優への転身には、確かにガッツが必要だ。

「いっぱいいっぱいなんじゃない?」

「ドラマが大好きなんです。ワンクール10本以上は必ず観ています。バラエティ番組を観るときは仕事のスイッチが入ってしまうけれど、ドラマは自分が出ているものをエンタメとして楽しめました。スイッチが入っちゃうかなと思ったら、変わらなかった。田中みな実が芝居風なことをやっているようにしか観えなかったら、ドラマ好きとしても許せなかったと思うんですけど、最後まで観られたから向いてなくはないと」

「向いている」の代わりに「向いてなくはない」と言う。直感的な自信と、まだ実績を伴ってはいない現実が綯い交ぜになった言葉だ。

「向いていないものは、はっきりわかるんです。そういう直感が、たまに降って来る」

 ここまでのキャリアは、計画に則ったものではないと言う。

「見事にノープランです。ご縁だとしか言いようがない。ひとつひとつに意味があったと思っています。私の背中をおばあちゃんみたいと言った人は、彼としては最低でした。でも、彼とのお付き合いがなければ体を変えようとは思わなかった。大きな失恋をしたときも、闇深いキャラクターとして面白がられもしたし、共感してくれる女性もいた。ショックで摂食障害気味になったりもしたけど、そういう人に共感できるようになりました。この経験はしないほうがよかった、近道があった、と思うことはひとつもありません」

 田中は拙著『生きるとか死ぬとか父親とか』の原作ドラマで、オリジナルキャラクターのアナウンサー、東七海役を演じた。

 ラジオのキャリアが長く、局アナの経験もある田中に決定したと聞いたとき、私はとても嬉しかった。リスナーからのメールを読む場面が多いため、こればかりは、ラジオと原稿読みの経験がないと手に負えないと思ったからだ。

「心情を吐露するシーンで、役柄として本当に涙がこみ上げてくる初めての経験をしました。監督に、もうちょっと抑えてくださいって言われたの、涙を」

 芝居の最中は、俯瞰の視点が消えると言う。ひとりで家にいるときでさえ、必ず別の自分が自分を見下ろしている田中にとって、客観性を手放すのは初めてのことだ。

「台詞もあるし、感情もあるし。いっぱいいっぱいなんじゃない?」

 インタビュー開始時と同じく、こともなげに田中は言った。しかし、感情が理性の縁から溢れ出た事実に変わりはない。自分ではない「誰か」を演じることで、解放できる感情があるのだろう。

 これから先、芝居という新しいフィールドが、私たちに新しい田中みな実を見せてくれる。私はそれが楽しみでならない。

田中みな実(たなか・みなみ)

1986年、父の仕事の関係でニューヨークに生まれ、小学6年までロンドン、サンフランシスコなどを転々とする。青山学院大学卒業後、2009年にTBSにアナウンサーとして入社。『サンデージャポン』などで人気に。14年に退社。フリーアナウンサーとしてバラエティ番組のMCとして活躍。その後、更に活動の幅を広げ、19年に『絶対正義』でTVドラマ初出演。21年『ずっと独身でいるつもり?』で映画に初主演するなど俳優としても活躍中。

ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THESUN』」のパーソナリティとして活躍中。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』『生きるとか死ぬとか父親とか』『ひとまず上出来』『おつかれ、今日の私。』、共著に『OVER THE SUN公式互助会本』など多数。

田中みな実さん出演のドラマ『あなたがしてくれなくても』が4月13日(木)よりスタート!

キャスト:奈緒、岩田剛典、田中みな実、さとうほなみ、武田玲奈、宇野祥平、MEGUMI、大塚寧々、永山瑛太 他
原作:ハルノ晴『あなたがしてくれなくても』(双葉社)
脚本:市川貴幸、おかざきさとこ、黒田 狭
音楽:菅野祐悟
プロデュース:三竿玲子
演出:西谷 弘
https://www.fujitv.co.jp/anataga_drama/

単行本
闘いの庭  咲く女 彼女がそこにいる理由
ジェーン・スー

定価:1,650円(税込)発売日:2023年03月24日

電子書籍
闘いの庭  咲く女 彼女がそこにいる理由
ジェーン・スー

発売日:2023年03月24日

プレゼント
  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/3/29~2024/4/5
    賞品 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著 5名様

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