- 2022.04.19
- 特集
作家・西村京太郎の原点を知る貴重な一冊<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(9)>
文:荒俣 勝利 (現・文春文庫部)
『浅草偏奇館の殺人』(文春文庫)
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
鉄道ミステリーの第一人者として生涯647もの作品を遺した西村京太郎さん(享年91)。空前絶後のベストセラー作家に伴走した編集たちが、担当作品とその素顔をリレー形式で綴っていく。
私が初めて西村京太郎先生の担当を仰せつかったのは1995年4月のこと。オール讀物編集部から単行本の部署(第二文藝部)に異動となり、同年6月に刊行された『恐怖の海 東尋坊』の校了段階で前任者から引き継ぎを受けました。
当時から出版部のドル箱だった「十津川警部シリーズ」を滞りなく刊行することが至上命令でしたが、当時、もう一つ重要な課題がありました。それがここで取り上げた『浅草偏奇館の殺人』の刊行です。
その年、第二文藝部では新潮社の「新潮ミステリー倶楽部」や早川書房の「ハヤカワ・ミステリワールド」の向こうを張って、新たな叢書の立ち上げを計画していました。当時のW部長から、その「文春エンターテインメント」シリーズの目玉として、『浅草偏奇館の殺人』を上梓するよう厳命が下ったのでした。
〈昭和7年、暗い時代の予感に抗うようにエロ・グロ・ナンセンスの絢爛たる徒花が咲き乱れる浅草六区で発生した踊り子連続殺人事件。芝居小屋・偏奇館の文芸部員だった「私」は、仲間と協力して殺人鬼を追い詰めるが……。そして今、五十年の時を隔てて意外な真実が明かされる。〉
あらすじからもわかる通り、本作は戦争前夜の浅草を舞台としたミステリーで、もちろん十津川警部は登場しません。ある事情で半ば過ぎまで書かれたまましばらく放置されていた原稿を、前任者たちがお願いして完成させていただく約束を取り付けていたのでした。超多忙なスケジュールの合間に少しずつ書き進めていただき、年末についに脱稿、翌1996年3月刊行に漕ぎつけました。
出来上がった見本を持って京都の先生をお訪ねしたところ、本の表紙を撫ぜながら、「ほんとはこういうの好きなんだけど、売れないんだよね」と一言。人気の十津川警部シリーズではなく、すでに新書判で刊行されるのが常態化していた中で久々の四六判の新刊ということもあって先生も心配されていましたが、お陰様で好評をもって迎えられました。
戦時体制のもと、思想・言論統制が娯楽にまで及ぶなかで〈精神の疎開〉浅草の灯を守ろうとした演劇人や役者、踊り子たちへの限りない共感に溢れた作品です。現在は電子書籍でしか入手できませんが、作家・西村京太郎の原点を知ることができる貴重な一作をぜひご一読ください。
浅草偏奇館の殺人
発売日:2006年05月20日
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