鉄道ミステリーの第一人者として生涯647もの作品を遺した西村京太郎さん(享年91)。空前絶後のベストセラー作家に伴走した編集たちが、担当作品とその素顔をリレー形式で綴っていく。
2013年秋。西村先生が未体験の鉄道は……ということで新作舞台の候補に挙がったのが、九州を巡るクルーズトレイン「ななつ星in九州」でした。その年にデビューしたばかりのななつ星の人気は凄まじく、そもそも席が確保できるかが編集者一同にとって最大の懸案。それだけにツアーの発売日に担当編集者が総出で旅行会社に電話をかけ、奇跡的に購入できた際の安堵感は相当なもので、先生と奥様も大変喜んでくださいました。
満を持してななつ星に乗車したのは、2014年2月。博多駅発着の1泊2日コースでしたが、飛行機嫌いの先生は、湯河原から新幹線で前日に博多入りです。長旅にお疲れかと思いきや、博多駅のホームでななつ星に出会ったら満面の笑みに。ご機嫌麗しく、乗車後もすぐに車内を探索。小部屋を見つけて「ここに人は隠れられるの?」とクルーの方に確認した乗客は、先生だけだと思います。

数日前の大雪の影響で一部ルートが変更になったものの、いくつかの駅で停車しながら進んだななつ星。地元の子どもたちが演奏で出迎えてくれた駅では、先生もホームに向かって手を振って応えられていました。阿蘇山をバスで巡る、長崎のグラバー園を散策するなどのツアーも用意されていたのですが、先生はいずれも不参加。むしろ、いくら乗り続けても全く飽きないといったご様子で、最前列のラウンジカーでバイオリンの生演奏を聴きながら九州の粋を尽くした食事を楽しみ、ときにお茶をし、あとは客室で。結果、ほとんど車内で過ごされた2日間でした。

この取材を基にした作品が『「ななつ星」極秘作戦』です。石原莞爾や蒋介石の名前が飛び交い、日中の歴史を巡る攻防が描かれ、先生の平和に対する想いを一層強く感じる作品です。
バイオリンの生演奏を気に入られた先生ご夫妻は、車内で購入した演奏のCDを、ご帰宅後もしばしば鑑賞されたそうです。この作品のご執筆中も、もしかしたらCDをかけていらっしゃったのかもしれません。きっとほかのルートでも乗車されたかったはず。西村先生、またご一緒に乗車したかったです。
