- 2022.04.12
- 特集
大の飛行機嫌いの先生は新聞を開いて動かず!?<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(4)>
文:谷口 和人 (現・メディア事業局)
『十津川警部、海峡をわたる――春香伝物語』(文春文庫)
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
鉄道ミステリーの第一人者として生涯647もの作品を遺した西村京太郎さん(享年91)。空前絶後のベストセラー作家に伴走した編集たちが、担当作品とその素顔をリレー形式で綴っていく。
2004年8月、西村京太郎先生、奥様の瑞枝さんとともに私を含む文春の担当の面々は青森にいた。オール讀物に連載予定の『青森ねぶた殺人事件』の取材のためだった。当時、文春の一連の西村作品は「十津川警部・祭りシリーズ」と銘打って日本のお祭りを題材に事件が起きるものだったのである。
さて、取材の移動の際、車中でのもっぱらの話題は、〈冬のソナタ〉をはじめとする韓流ドラマだった。まず奥様がハマり、先生もハマっていたのだ。ご存じペ・ヨンジュンに奥様は夢中。
そこでふと私は先生に言ってみた。
「先生、次作は韓国のお祭りを舞台に一冊書きましょうよ!」と。すると奥様思いの先生だけに「じゃあ、お祭り探してみてよ」とのお返事である。「韓国のお祭り」と言ってみたものの、私もなんのあてもなく思いついただけで、東京に戻って冷や汗をかきながら八方手を尽くした結果、いにしえの男女の純愛の物語『春香伝』をモチーフにした〈春香祭〉を見つけ出した。その舞台は韓国・南原市。一気に韓国取材が具体化したのである。
ただしここに大きな問題が――。
ご存じの通り先生は大の飛行機嫌い。当初、何とか九州からフェリーで行こうと思っておられたようだが、超多忙の先生が現地でじっくり取材するには時間が掛かりすぎる。
「先生、ここはおひとつ、ご決断を……。向こうに行けば韓国新幹線・KTXにも乗れますよ」
「う、うむぅ」
2005年5月2日、皆に押し切られる形でついに西村ご夫妻は羽田空港から2時間ほどの空の旅へ。機内での先生はひたすら新聞を開き、じっとされたままの姿勢で(本当に動かなかった)金浦空港に着陸した。いよいよ4泊5日の韓国取材の開始となった。
翌3日はソウル市警察署の内部取材や副署長のインタビュー、さらには〈冬のソナタ〉のロケ地などを観光し、レザーのジャケットを高級店でオーダーするなどショッピングもばっちり。
4日は先生待望のKTXで南原市入り。サムギョプサルや現地の名物というドジョウ料理に舌鼓を打つ一行であった(少し辛かったけれど)。
5日はいよいよ〈春香祭〉本番を迎えた。好天に恵まれた現地で熱心に取材。その最中に現地のテレビ局に逆取材を受けるなんてこともあり(この件、御作品にも生かされております)、充実した取材が出来ました。
6日に再びKTXでソウルに戻り、飛行機で帰国となったのでした。
そして書き上げたのが『十津川警部、海峡をわたる――春香伝物語』です。ぜひお読みいただくとして、山場は何といっても、春香祭の会場の一つ、〈広寒楼苑〉での緊張感たっぷりの犯人との死闘です。精力的に現地取材をされた成果が生かされ、圧倒的な臨場感を持ったサスペンス小説に仕上がり、私にとっても記憶に残る御作品となりました。それにしても飛行機とはうってかわってKTXに嬉しそうに乗り込む先生のお姿はいまだに忘れられません。
十津川警部、海峡をわたる
発売日:2013年12月27日
-
空前絶後のベストセラー作家・西村京太郎の全軌跡がここにある!
2022.04.06特集 -
忘れられない西村先生の言葉――『東京オリンピックの幻想』で描いた、平和とスポーツの在り方について<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(1)>
-
好奇心旺盛な西村京太郎さんと見た鍋冠祭<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(2)>
-
アスリートへ尊敬の念をこめて<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(3)>
-
事件解決の鍵は車内の血染めのナイフ? 異色の観光列車を真っ先に取材した佳作
2021.06.10書評 -
「出世列車」から「出稼ぎ列車」へ 東北と東京を繋いだある急行列車の記憶
2019.08.28書評
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。