2022年末、『貸本屋おせん』でデビューした新人作家・高瀬乃一は、第100回オール讀物新人賞を選考委員の満場一致で受賞! 安部龍太郎、有栖川有栖、門井慶喜、村山由佳の4選考委員による、受賞作「をりをり よみ耽(ふけ)り」への選評を改めて公開し、その才能と魅力に迫った――。
有栖川有栖さん
キリのいい第100回にして、次回から応募要項が変わるオール讀物新人賞。受賞作は、めでたくも満場一致で決した。
『をりをり よみ耽り』の主人公は独りで貸本屋を営む〈せん〉。本が大好きで、ちょっと勝ち気で、健気にがんばっている娘だ。顧客の希望に応えようと努めているうちに、幕府の目を憚る本を自分の手で完成させたくなる。読んでいて応援したくなる主人公(特に本好きにとっては)で、まわりを取り巻くキャラクターの配置も面白く、風物を描いても情を描いても筆致はとても安定している。どうやって本を作るのかだけが読みどころではなく、わけも判らず暴漢に襲われたり、父の非業の死に隠された事実があったり、謎とスリルも盛り込まれていて、読者の心を最後まで掴んで離さない。自分が読みたいものを本にして、権力の理不尽な介入を排しても読みたい人に届ける、という彼女の想いはいつの時代にも尊い、ということを噛みしめた。
作者の高瀬乃一さんは、昨年度も含めてこれまで二度、本賞の最終候補に残っている。何度も最終候補に挙がってきたのは実力があればこそだが、選考はあくまでも作品本位なので、授賞にあたってそういうキャリアを考慮することはなかった。
高瀬乃一さん、おめでとうございます。これからが本番です。発表したいものはたくさんおありでしょう。念願の作家デビューを果たしたのですから、いい作品をどんどん書いてください。
門井慶喜さん
高瀬乃一さん「をりをり よみ耽り」を推しました。昨年もやはり最終候補に残った人です。あのときは小説的描写よりも先に客観的説明をしたがる癖が見すごせず、支持しませんでしたが、今回はその点が劇的に改善されました。
何しろ主人公が江戸後期の貸本屋であり、主題が出版統制であるからには、当時の情況をかなりくわしく調べたことと思いますが、その説明を最小限にとどめた上、すすんで主人公の行動や心理を際立たせるための「ダシに使った」。単なる自制ではないわけです。
描写もゆきとどいている。冒頭で畑の葱のにおいを嗅ぐ子供の姿など、それだけで江戸郊外の村の風景をいっきに見せる効果があります。昨年の経緯がなくても推していたでしょう。安心して送り出せる受賞者を得て、私もほっとしています。
村山由佳さん
受賞作の「をりをり よみ耽り」。先に文句をつけておこう。タイトルが今ひとつだった。せっかく作中に〈秋の蛍〉といった秀逸な象徴まで用意したのだから、それを活かしたほうがこの叙情的かつ骨太な作品にはふさわしかったのではないか。……と、もうすでに褒めてしまっている。
今回はこの作品にダントツの〇をつけたせいで、つい他の作品に対して辛口になってしまった嫌いはあるのだが、同じ作者の昨年の最終候補作「ひとぼしごろ」に唯一足りなかったものを、今作では堂々と描ききって下さった。主人公がなぜその対象に心血を注ぎ骨身を削り命をかけるか、という肝の部分である。ふとした場面の行間から匂い立つ官能もまた良くて、書くたびに巧くなる人だと感心した。
物語における〈肝〉を描ききれるかどうかは、書き手の肚の据わり具合と無関係ではない気がする。その点、高瀬乃一さんの今作については、読み終えるなり「参りました」と呟いていた。満票での御受賞を心から嬉しく思う。
安部龍太郎さん
高瀬乃一さんの受賞が満場一致で決まりました。前回の作品『ひとぼしごろ』も高い水準で、小説に賭ける情熱の強さと力量の確かさを感じましたが、いくつかの欠点があって受賞には至りませんでした。
ところが今回はそうした欠点を見事にクリアし、選考委員全員の圧倒的な支持を得ることができました。即戦力との評価もあって力量の程は折紙つきです。
できればこの作品をシリーズ化し、町人文化爛熟期と言われる明和から文化年間(1764~1818)を描ききってもらいたいと願っています。
受賞者プロフィール
高瀬乃一(たかせ・のいち)
1973年愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学卒業。青森県在住。2020年「をりをり よみ耽(ふけ)り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。その後、「オール讀物」「小説新潮」などで短編を発表、2022年『貸本屋おせん』で単行本デビュー。