- 2023.05.17
- コラム・エッセイ
ごはん作りが苦手な著者が、「料理」がテーマの小説に挑戦した理由
佐々木 愛
『料理なんて愛なんて』(佐々木 愛)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『料理なんて愛なんて』の単行本が出たとき、周りの人に「私はこの主人公ほど料理が嫌いなわけではない」というようなことを、言って回ってしまいました。才能がありそうだ、と思われたかったからです。
私が好きだと思う小説の多くは、作者自身が前面には表れてこないタイプの小説、もしくは作者自身の経験が発酵してまったく別の形になって出てくるような小説であることから、そういう小説が書けるようになりたいと思っているし、それに、自分と共通点が少ない主人公を書けたほうがなんか才能あるって思われそう……、と思っていました。あさはかです。
冷静になれば、実際のところ、この主人公と同じくらい私も料理が苦手だし嫌いです。一番いやで苦手な作業は、牛乳パックの口を開けることです。牛乳パック開けなど料理の序の口の序の口かもしれませんが、きれいにひらけたためしがありません(というのは、ちょっと盛りました。さすがに十回に一回は成功します)。びりびりになった口では、牛乳がおかしな方向に曲がって出てくるので、コップからはみ出て、テーブルが汚れることが多いです。牛乳パック開けの達人的人物に教えも請いました。しかし上達しないままです。安い牛乳は、開けにくいのではないか? とパックのせいにしたこともありました。初めて買ってみた高い牛乳でも、びりびりになりました。そのときも、自分以外のせいにするあさはかさを反省しました。
生の肉も怖いです。火が通っていないと、人を殺してしまいかねないからです。牛乳パックさえ普通に開けられない人間が、人を殺さない料理が作れると思うか? と自分を疑っています。生肉はパックから直接、鍋に落としてとりあえず加熱します。人を殺さないレベルまで火が通ってから、やっと包丁でカットできます。私の手料理を食べている誰かを眺めているとき、私はこの人の命を奪う可能性があるのだと想像します。食べたあとも、その人が苦しみださないか毎回心配です。食品のCMでよく見る、もりもり食べる家族を見てうっとり……という表情は、「そういう顔をするぞ」と頑張らないとできません。作ってもらった側のときは、何も考えず「おいしー! しあわせー!」と笑顔になれる自分が不思議です。
食器洗いも、いやです。食洗機を導入したものの、中に食器を入れるのがとても苦手です。普通に洗ったほうが早かったんじゃないか? と思うくらい時間がかかる上、最後はむりやり閉めるので、スイッチを入れるとカチャカチャ変な音がして、食洗機の中で欠けた皿が多くあります。入れ方が雑なので汚れが落ちていないときもあり、食洗機をあまり信用できていません。食洗機もまた私を嫌っているように見えてきて、キッチンの雰囲気はいつも悪いです。スーパーのお惣菜やミールキットやファストフードが救ってくれています。
こんなに料理がいやですが、私も主人公と同じように、「料理が好きな人になりたかった」とたびたび思います。冷蔵庫にたまたまあった食材で何品も作り上げるプロフェッショナルが活躍するバラエティー番組に心躍り、来世は私もこんな人に……と思い描きます。その理由も、作中で主人公がたどり着いたように、「誰かに愛されたいから」ではなく「正しいとされていることを自然と選べる人に憧れているから」なのだと思います。
まったく好きじゃないのに好きになれたらよかったのにと思う、そして自己嫌悪を無限に引き出す、そういう不思議な存在です。この不思議さを『料理なんて愛なんて』で書きたかったです。
主人公は、同じところをぐるぐる回って遠回りし、結局、表面上は大きく変われません。どんどん共感や好感から離れていく主人公に「共感なんて、くそくらえだよな」と言い聞かせながら書いていましたが、本になった後は「ごめん、もっと共感されるように書いてあげられたらよかったな」と苦しいくらい思いました。
特に、単行本の発売からしばらく経った今振り返れば、主人公の悩みの根本を描くにあたって、モテと料理の上手・下手を絡めたこと、それ自体が古かったのでは……と思います。いまだ、恋愛や結婚と料理をいっしょくたに考える人は多く、そこに悩まされる人も多いのが現実です。しかし、そういう現実をもっと壊していく力がある小説を、私は書きたかったはずでした。
「料理は愛情」という言葉の、自分なりに納得できる意味を、遠回りしながらも主人公は自分で見つけられました。そのふん張りの強さは、私にはまだない部分です。
これからは知識や視点を前進させながら、なるべく抜け道を通らないで小説を書きたい。それを誓いつつ、『料理なんて愛なんて』の主人公の悩みは古いと、どんどん言われるようになることを望みます。
「文庫版あとがき」より
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