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佐々木愛効果の発動と結果

佐々木愛効果の発動と結果

文:間室 道子 (代官山 蔦屋書店 書店員)

『プルースト効果の実験と結果』(佐々木 愛)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『プルースト効果の実験と結果』(佐々木 愛)

 表紙カバーの女の子を見て、すぐに青山裕企(あおやまゆうき)さんの写真だとわかった。内側から光を放ってくるかんじ。少女写真で有名な方で、写真集の何人かの子たちは教室で太ももをむき出しにしたり廊下で友達のスカートの中に頭をつっこんだり、エロティックなことをしている。けどいやらしさがない。ふつうのエロいフォトには「どうです! この子たち! いやらしいでしょ!」という撮る側の目線が見えるし、被写体は写真を手にした人間に一方的にさらされる。でも青山作品では見られることについて、女の子たちに主導権がある。誰にも侵されない純度の高いエネルギー。青山さんは少女の姿を通して、彼女たちが世界を見る明るさを撮っているのだと思う。

 表紙写真はセーラー服の子がプールに背中から落ちていくところ。角度が絶妙で、時間が逆回転になり彼女がすうっと縁まで戻ってくるようにも見える。この子は落っこちるのかな? 浮上の途中かな? のすれすれを味わう。

 いつも思うことだけど、誰にでもデビューはある。でも「この人の一作目」ではなく「デビュー作」という言葉の鮮烈さを持って世に出る作品は少ない。新人なんだからこのあと腕を上げていったでもいいじゃない、とも思うのだけど、「デビュー作」は称号なのだ。「この一作はどうですか?」以上の意味を持つ。書き手が作家として声をあげたことを世に問う。自分の存在を認めさせる。そんなとくべつな意志や力を持った新人の登場は、私にとって、天から降ってきたとしかいいようがない驚きや喜びがある。

 新人作家には、うまい、へたを超えた「ちがう」を期待している。今までにないものが見たいのだ。「そんなの、早くデビューした人が有利じゃないか」と言われそうだけど、たとえば今から四十年前に誰かが「日本のどこにでもある貧困」や「未知のウイルス」を書いてますと言ったら、パラレルワールドかSFですか? となったと思う。書くべきことはいつの時代にもあり、テーマに向けるまなざしに「あとはもう二番煎じしかない」という限界はない。

 佐々木愛さんのデビューとなる本書には「お話の筋が思い浮かんだから書いた」以上の広いところに出ていくかんじがある。自分をためすと同時に世の中をためしているような、新人独特の度胸、プライド、大胆さ、野心、純粋さ。タイトルの「プルースト効果」とは、香りからそれに関連した思い出が浮かぶ現象のこと。フランスの小説家プルーストが、大作『失われた時を求めて』で、主人公がマドレーヌを食べた時に昔の記憶がよみがえるシーンを書いたことから来ている。これにならって、私がシビれたところを「佐々木愛効果」と名付けようと思う。

 表題作の主人公は地方の高校三年の女子で、彼女とともに小川さんという男子が登場する。大半の生徒が地元や近県の国公立を受け、東京の私立大学志望はクラスでは彼らだけだ。国公立用の理数系の模試なんかの時、ふたりは図書室で自習をすることになる。

 佐々木愛効果の発動はまず「ミミミッピ」の一件。小川さんが自習中にとつぜん言い出したこれは、主人公も中学生のころから思っていたことだった。彼女は「メンポタシア」を教えてあげる。二人は相手のノートにこのおかしな二語を書く。そして、消さない。ここがいい! はじまりの予感。

 そして小川さんはある日とうとつに、自分は勉強を始める前必ず「たけのこの里」を食べる、これをずっと続けていれば、入試当日このお菓子を口にすることで脳内にわ~っと英単語や中国歴代王朝が浮かんでくるはず、と打ち明ける。彼女の頭に、なぜ「たけのこの里」? 余裕があるように見えてたけど勉強に追い詰められてるの? をはじめ、彼への疑問および憶測が湧くが、この場面でそれ以上に伝わってくるのは、彼への関心だ。「好き」のはじまりって「知りたい」なんだよな、と読みながら思う。あたしは歌舞伎揚げがいいとか甘栗が好きなのよとか言わずに、彼女は彼に、自分は「きのこの山」で実験をする、と表明する。

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文春文庫
プルースト効果の実験と結果
佐々木愛

定価:737円(税込)発売日:2022年02月08日

電子書籍
プルースト効果の実験と結果
佐々木愛

発売日:2022年02月08日

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