吉田伸子が推す私の十冊
『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)
『ははのれんあい』(窪美澄/KADOKAWA)
『料理なんて愛なんて』(佐々木愛/文藝春秋)
『9月9日9時9分』(一木けい/小学館)
『余命一年、男をかう』(吉川トリコ/講談社)
『二人の嘘』(一雫ライオン/幻冬舎)
『水たまりで息をする』(高瀬隼子/集英社)
『西の果てのミミック』(渡會将士/文藝春秋)
『星のように離れて雨のように散った』(島本理生/文藝春秋)
『白い薔薇の淵まで』(中山可穂/河出文庫)
※文章登場順
恋愛小説をもっと読む入り口に
まず真っ先に、「本屋が選ぶ大人の恋愛小説大賞」の創設を心より寿ぎたい。というのも、ジャンル小説としての恋愛小説は、ミステリや時代小説と比して、“大の大人が読むものではない感”がずっとあったからだ。恋愛というのは、人と人との心のやりとりなわけで、そこを描く小説が、面白くないわけがない! のだ。この賞を入り口として、恋愛小説が今よりもっと沢山の人に読まれていって欲しいと思う。以下、私が推薦した10作品について、触れていきます。
『自転しながら公転する』は、地方のアウトレットモールで働く32歳の与野都の物語だ。都の年齢設定といい、舞台立てといい、都が恋に落ちる相手の造形(同じモール内にある回転寿司店の店員)といい、どれも絶妙にリアルで、だからこそ、読んでいて胸が詰まる。都の物語でありながら、同時に私たち読み手の人生に重なり合うような物語なのである。昨秋、彼岸へと旅立ってしまった山本さん。もう彼女の新刊が読めないということが、今はまだ、ただただ哀しい。
『ははのれんあい』は、厳密には家族小説になるのだけど、母と息子、それぞれの恋愛が物語の“鍵”でもあるので、恋愛小説として括りたい。妻だから、母だから、家族だから、という役割に縛られることなく生きることへの肯定、がこの物語には、ある。
『料理なんて愛なんて』は、「料理は愛情だ」という言葉の呪縛から解き放ってくれる物語、でもある。ヒロイン優花が想いを寄せる相手である真島が、マジいけすかないやつなんですが、そんな彼のいけすかなさをわかりつつも、それでもどうしても真島じゃなきゃ、という優花の不器用な一途さに、胸がきゅっとなります。あと、優花の1年後輩の同僚・坂間がめちゃくちゃ良くて、彼の、嫌いなことや苦手なことを「好きになりたい」と言い続けるのは「好きになりたい詐欺」じゃないかという言葉、名言!
『9月9日9時9分』は、好きになってしまった相手が、好きになってはいけない人だった、という物語。バンコクからの帰国子女である女子高生・漣が誰を好きになって、そして、どうして好きになってはいけない相手だったのか、は実際に物語を読んでみてください。切なくてやるせない物語なのに、漣の心の健全さ、しなやかさが一筋の希望のように映るラストもいい。
『余命一年、男をかう』は、地方都市で働く40歳のOL、片倉唯が主人公。幼い頃からお金を貯めることが好きだった彼女の暮らしは、ありとあらゆることを節約することで成り立っていたのだが、無料、に釣られて受けた検診でかなり進行した子宮がんであることが判明する。そんな唯の目の前に現れたのが、ホストの瀬名で、瀬名に貸した70万円が、瀬名を“買った”金額となるのだが……。本書は、自分が気づかずに持っていた“偏見”に気づかせてくれる一冊でもあるし、一人一人、幸せはオーダーメイドだけど、それは一度きりのオーダーメイドではなくて、その都度アップデートしていけるものなんだよ、と教えてくれる一冊でもある。
『二人の嘘』は、推薦作にバラエティをもたせるために加えた一冊で、ジャンルとしてはミステリ。でも、二人の嘘、の根っこにあるものは、間違いなく愛だ。ヒロインの相手は、高倉健が演じればどハマりしそう。
『水たまりで息をする』は夫婦小説なのだけど、夫婦小説は広義の恋愛小説だと私は思っているので、推薦作に。突然、風呂に入らなくなった夫、というのが物語の真ん中にいて、その夫と向き合わなければいけない妻の日々が描かれている。夫婦だからこそ、踏み込んではいけない心の柔らかい部分について、読後考えてしまう。
『西の果てのミミック』は、ミュージシャンである作者の、初めての小説で、どこか初期の村上春樹を思わせるメランコリーと軽やかさを漂わせていて、読み終わった後、妙に心に残る。
『星のように離れて雨のように散った』は、同じ作者の『2020年の恋人たち』とどちらを選ぶか迷って、こちらを選んだ。ヒロインの女子大学院生の“自分探し”と“父親探し”に宮沢賢治を絡ませた、佇まいの美しい物語。
『白い薔薇の淵まで』は、初版の刊行が2001年、その後文庫化されたものの、長らく絶版状態になっていたのだが、昨年の秋に復刊された。運命的な恋に落ちた山野辺塁と川島とく子、二人の女性の愛の行方が描かれている。20年以上前に書かれた作品とは思えないほど鮮烈で、今読み返してみても胸に迫る。デビュー作『猫背の王子』から一貫して女性どうしの恋愛にフォーカスした物語を描いてきた中山さんだが(現在は女性どうしの恋愛はもとより、恋愛小説を書かれていない。残念!)、そんな彼女の作品の中では『感情教育』と双璧をなすのが、この『白い薔薇の淵まで』だと私は思っている。
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