- 2023.10.13
- 書評
ホームズ×ルパンを彷彿とさせる最強の名探偵老老コンビ
文:香山 二三郎 (ミステリー評論家)
『銀齢探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』(中山 七里)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
フランスの作家モーリス・ルブランの作品集に『ルパン対ホームズ』がある。
ルブランはもちろん怪盗アルセーヌ・ルパンの生みの親で『ルパン対ホームズ』はそのルパンが英国の名探偵シャーロック・ホームズと一戦まじえる話を収めている。ただホームズの生みの親コナン・ドイルにはことわりなしだったようで、話の出来もルパン贔屓(びいき)に傾いているのは残念至極。
アナタならルパンとホームズ、どちらに花を持たせるか。
ミステリー通でも難題であるが、その主因は作者の違いにあるかも。早い話、ホームズもルブラン作だったら、何の問題もなかったのではないか。
中山七里「静おばあちゃんと要介護探偵」シリーズのことを考えるとき、いつもそのことを思い浮かべずにはいられない。このコンビが誕生したのは、著者いわく「“暴走老人”の玄太郎が主人公のミステリ『要介護探偵の事件簿』の続編として、『静おばあちゃんにおまかせ』で、安楽椅子探偵として登場させた静さんと組ませたら、さらに面白くできるのではと思ったのがきっかけでした」(「オール讀物」二〇一九年一月号)とのことだが、ルパンとホームズのような水と油の関係ではなく、対照的なキャラではあれ、両者とも名探偵という造形が功を奏したというべきか。
考えてみれば、中山七里の作品世界は地続きになっているのだ。『静おばあちゃんと要介護探偵』はデビュー作『さよならドビュッシー』や『静おばあちゃんにおまかせ』とつながっていたが、それと同様、他のシリーズもの、ノンシリーズものともつながっているということで、それらが同じような化学反応を起こす可能性を秘めているとしたらトンデモないことだ。改めて著者の深慮遠謀家ぶりがうかがえよう。
さて、本書『銀齢探偵社 静おばあちゃんと要介護探偵2』はその『静おばあちゃんと要介護探偵』の続篇に当たる五篇を収めた連作集だ。日本で二〇人目の女性裁判官で東京高裁の元判事・高遠寺静は法科大学に招かれ名古屋に滞在するが、そこでトンデモない地元の有名人と知り合う。それが不動産会社の社長にして商工会議所の会頭、町内会の会長などの要職を兼任する経済界の重鎮、“要介護探偵”の異名を持つ香月玄太郎だった。頑固でワンマンな暴走機関車のような玄太郎に振り回される日々が続いたが、一ヶ月後、和光市にある司法研修所の教官に招へいされ、東京に戻ることに。そうしてまずは健康診断を受けに練馬の病院を訪れるが、そこへいるはずのない人の声が。
香月玄太郎は何と病気の疑いが出て、東京の名医を頼ってこの病院にきたという。
しかもそこには何故か警察も大挙して押し寄せてくる。
かくて第一話は、静おばあちゃんと要介護探偵がはからずも大腸がんの名医をめぐる医療過誤疑惑に巻き込まれる羽目に。縁が切れたと思われた二人だったが、思いも寄らない再会劇は腐れ縁ぶりの証といえようか。名古屋では警察をも顎で使った玄太郎だったが、さすがに東京では思い通りにはいかない……と思いきや、「この、くそだわけええっ」といつもの怒号を浴びせつつも案外柔軟な対応で、入院患者の点滴バッグがすり替えられた謎に迫っていく。
第二話では、手術を無事に乗り切った玄太郎のもとに、中央経済界の要人たちが挨拶に訪れる。そのうちのひとり、日建連(日本建設業連合会)会長の汀和克洋が相談事を打ち明ける。巷を賑わせている構造計算書偽造問題では、鳴川秀実一級建築士かカイザ建設の介座峯治社長のどちらかが嘘をついていることで報道も紛糾、国会の証人喚問を待つ事態になっていた。両者と関わりのある汀和は懊悩の極みにあったが、そんな矢先、鳴川が歩道橋から転落死する。玄太郎と介護士の綴喜みち子と代わりばんこで付き添うことになった静も捜査に対応することになるが……。
第三話は高齢者の自動車暴走事故シーンから幕が開く。玄太郎はまだ入院中だが、ベッドの上で怪気炎を上げている。そんなとき第二話で顔見知りになった愛宕署の砺波刑事が現れ、相談をもちかける。三日前、浜松町で七〇歳の老人が暴走事故を起こし亡くなったが、老人は彼の元上司で車には日頃から乗り馴れていたし、そんな事故を起こす人柄でもないという。というわけで、玄太郎は静ともどもリハビリ代わりに現場検証に訪れる。久々に遠出した玄太郎が事故現場で本領発揮するところにご注目。そのワンマンぶりにおいても、慧眼な名探偵ぶりにおいても!
第四話と第五話は連作仕立ての中でも対になっており、判事が死刑判決という重い裁断をくだす職であることを改めて痛感させられる話になっている。七月、静は新聞でかつての同僚判事・多嶋俊作の訃報を見、葬儀に参列する。その日、やはりかつての同僚で、今は前橋地裁の刑事部に勤める牧瀬寿々男と再会するが、喜びもつかの間、祖父の死を嘆く少女の訴えに疑問を抱く。静は玄太郎の力を借りて火葬を中断、遺体を調べ直そうとするが……。
そして第五話は、ショッキングな知らせから始まる。静は司法研修所を退職し、孫の円と暮らすことに。その痛手も癒えぬ一〇月某日、第四話に出てきたばかりのある人物が自宅の宿舎近くで殺される。静は群馬県警の依頼もあって、捜査に協力することになる。いつもは玄太郎がメインの探偵役を引き受けるのだが、第四話に引き続き、静が主役に回ったシリアスなタッチの社会派ミステリーに仕上げられている。
各話のタイトルは、例によってアガサ・クリスティー作品のパスティーシュになっているが、それはもともと静のモデルがミス・マープルであろうことによろう。ミス・マープルのファンには静の名探偵ぶりが堪能できるラストの第四話、第五話、お奨めです。
シリアスといえば、第五話の締めの一文もシリアス極まりないが、これはあくまで静の視点で語られていることにご留意いただきたい。玄太郎視点に転じてみればトンデモない、憶測、くそだわけな勘繰りに過ぎないのではあるまいか。そしてこの著者なら、次の瞬間にはそれを逆手に取るヒネリ技を繰り出しても何ら不思議ではない。何しろ“どんでん返しの帝王”の異名を取る作家なんだから。