- 2021.02.10
- 書評
他作品の名探偵同士が邂逅、コンビを組んで大暴走!?
文:瀧井 朝世 (ライター)
『静おばあちゃんと要介護探偵』(中山 七里)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
高遠寺静、大正生まれの八十歳。日本で二十人目の女性裁判官となり、東京高裁の判事を務めた女性だ。引退して十六年経つが今でも法科大学院の客員教授や講演の依頼はひっきりなしで、忙しい毎日を送っている。
香月玄太郎。静より十歳年下というから七十歳だろうか。名古屋の不動産会社〈香月地所〉の代表取締役で、商工会議所の会頭、町内会の会長などを務める地元の名士。警察はじめ各所に顔が利き、周囲を怒鳴り散らし、時に暴走する激しい性格。脳梗塞で倒れてからは車椅子生活を送り、介護士の綴喜みち子の世話になっている。
二人がコンビを組む『静おばあちゃんと要介護探偵』。タイトルを見て、中山七里読者なら「おやっ」と思い、そしてニヤリとしたのではないか。彼らはすでに、他の中山作品に登場しているのだから。
高遠寺静は『静おばあちゃんにおまかせ』(文春文庫)に登場している。この連作集の主人公は静の孫、円と彼女の知人の刑事、葛城公彦である。円は法曹界を目指す学生で、両親を事故で亡くしたため祖母にひきとられたという経緯がある。葛城が捜査に行き詰まるたびに事件のあらましを円に語ると、彼女は鮮やかな推理を披露してみせる──が、じつは円も静おばあちゃんにアドバイスをもらっている、というのが基本パターンだ。いわば安楽椅子探偵ものである。
香月玄太郎は中山のデビュー作『さよならドビュッシー』(宝島社文庫)に登場している。ピアノに人生を捧げる少女、香月遥を巡るミステリーで、ピアニスト岬洋介が活躍する人気シリーズの第一作だ。祖父と両親、叔父、従姉妹と暮らす遥だが、ある夜祖父、玄太郎の部屋から出火。全身やけどを負い指が動かなくなった少女のレッスンを請け負った岬洋介は香月家に通うようになるが、また不穏な事件が起こり……という内容。
『静おばあちゃんにおまかせ』は連作集とはいえ、全体を通して大きな物語が進行しそれが完結するので、続篇があると予想、あるいは期待した読者は少なかっただろう。長篇『さよならドビュッシー』に関しても同じことが言えるが、玄太郎はすでに『さよならドビュッシー前奏曲(プレリユード) 要介護探偵の事件簿』(宝島社文庫)で再登場している。これは『さよなら~』の前日譚で、彼と彼に振り回されるみち子がさまざまな事件を解決していく。最終話では岬洋介も登場する。
作中、過去に玄太郎の采配で解決した事件もあるため警察が彼に逆らえない、といった言葉があることや、他の作品で起きた出来事を考えると、本作の時間軸は『要介護探偵の事件簿』の後、『さよならドビュッシー』と『静おばあちゃんにおまかせ』より前の時期が舞台と判断できる(『さよなら~』に、玄太郎は二年前に脳梗塞で倒れて歩けなくなった、という記述があり、そこから考えると、彼はたったの二年間のうちにどれだけ事件に遭遇しているんだ、という話になる)。ちなみに本書に登場する神楽坂美代は『要介護探偵の事件簿』によるとその界隈のマドンナであり、求婚した男性の数は両手でも足りず、今なお白髪紳士たちの視線を浴び続けているという。本作の玄太郎の態度にも納得である。
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