『クライマーズ・ハイ』『日本のいちばん長い日』などで知られる、映画界の巨匠・原田眞人監督の初めての本格書き下ろし小説『ACT!(アクト)』が、6月11日(火)に刊行される。舞台は、9・11直前のニューヨークの演劇学校。海外在住歴も長い原田監督が小説に込めたメッセージはなにか? 思いを語った。
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着想から完成まで、かれこれ25年かかっているだろうか。
最初のきっかけは、長男(現在は俳優・映画編集者として活躍する原田遊人氏)が20歳の時、1997年にニューヨークの演劇学校の6週間のセミナーに参加したことだった。
その演劇学校――ネイバーフッド・プレイハウスは、グレゴリー・ペックやダイアン・キートンらも学んだ、NY三大演劇学校の一つである。
息子のスポンサーになるにあたり、私はひとつ条件をつけた。
6週間のセミナーのあいだ日記をつけ、授業の内容からクラスメートたちとの会話に至るまで詳細に記録してこい、と言ったのである。
『ACT!』の主人公である日本人青年・城島ペン、そして様々な人種・バックグラウンドの20人のクラスメートたち、演技教師のキャラクターは、その日記を元に創りあげていった。
9・11が執筆のスイッチに
と同時に、私自身の海外経験も反映している。
私は1972年にロンドンの英語学校に留学した後ロサンゼルスにわたり、映画修行を積んだ末に監督デビューした。ロンドンの英語学校も人種の坩堝だったし、ハリウッドもさまざまな人種・階層の入り乱れる場所だ。
日記を読んでいるうちに、その頃の記憶がヴィヴィッドに蘇ってきたのである。
そして4年後の2001年9月11日、同時多発テロが起きる。
「あのニューヨークでさえ、こんなにも脆いものなのか」
その衝撃が、小説に本格的に取り組むスイッチになった。
平和だった頃のNYの演劇学校に集った若者たちの息遣いを、どうしても残しておきたいと思ったのだ。
映画監督としての性から、いずれ『フェーム』のような映画にしてみたいという野心もあったが、まずは小説として完成させよう、と決意したのである。
なぜモスクワとNYの演劇が結びついたのか?
だが、そこからは紆余曲折の連続だった。
映画をもとにしたノベライズは書いたことがあったが、オリジナルの小説を書くのはまったくの未経験。映画の撮影や、脚本作りの合間に少しずつ書き進めていったが、方法論をつかむまでに4~5年かかってしまった。
それでもまだ何かが足りない気がする。
そこで考えついたのが、若者たちの群像という「横軸」に、演劇の歴史という「縦軸」を導入することだった。
スタニスラフスキイという名前をご存知だろうか?
「スタニスラフスキイ・システム」といえば、現在に至るまで世界中の標準になっている俳優教育法である。
前述の、ネイバーフッド・プレイハウスでもそのシステムを元にした指導が今も行われている。
しかし、スタニスラフスキイはロシア・ソ連の演出家である。そのメソッドが、なぜアメリカでも標準になっているのだろうか?
スタニスラフスキイが中心となった20世紀初頭のモスクワの演劇は世界最高水準にあった。しかも古代ギリシャ演劇から中国の京劇、日本の歌舞伎に至るまで、世界中の粋を集めた革命的演劇人の存在があったのである。
何年もかけて調べていくうち、大きな驚きを覚えていった。
しかし、モスクワ演劇の黄金期はわずかしか続かなかった。なぜだろうか?
そして、その「遺産」がニューヨークに残っているのはなぜだろうか?
その「謎」を、私は小説の主人公である城島ペンの前に差し出したのである。
その骨格が固まってからは、あとは一気呵成に書き上げることができた。
「謎」の答えは、『ACT!』を読んで、ぜひたしかめて頂きたい。
若者たちよ、世界に飛び出せ!
いま私は、監督業のかたわら、役者を目指す人たちに向けたワークショップをやっている。
若い俳優志望者たちと話していると、歴史についての知識が不足しているのを痛感してしまう。
自分が立っている地面の下にも、さまざまな先人たちが作ってきた歴史が埋まっていて、すべてのドラマはそこが起点になっていることを知ってほしい。
私にとっては、外国に一人で飛び出していったことが、最大の勉強になった。
外国に出ると、「お前は何者なのか?」「日本人?」「日本とはどういう国だ?」と否応なく質問攻めにあい、いやでも自分のルーツと向き合わざるを得ない。
10代の頃に、小田実さんの『何でも見てやろう』や、五木寛之さんの『さらばモスクワ愚連隊』などを読み、大きな刺激を受けたことも、海外行きの動機になった。
しかし、最近は、日本人の主人公がたった一人で海外に行き、現地の人間たちとわたりあう――というタイプの物語は、小説にも映画にも少なくなってしまったように思う。
それだけ日本人が内向きになってしまったのだろうか。
『ACT!』を書いたのには、そうした空気を少しでも変えたい、という気持ちもあった。
この本を読んで、世界に飛び出していく若者が出てくれば、これ以上嬉しいことはない。
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