いよいよ公開する映画『燃えよ剣』。司馬遼太郎の小説を心底愛し、『関ケ原』に続きメガホンをとった原田監督が、作品への熱い思い、「新選組」土方歳三の流儀、映画の見どころなどを余すところなく語る。
母方の祖父が沼津藩の祐筆方をしていた安藤帯刀という武士の子供で、幕末のことを実際に見てきたみたいに話してくれたんです。祖父の話が、時代小説を読むきっかけになった感はありますね。「鞍馬天狗」が全盛の時代でしたが、僕は架空の人物鞍馬天狗よりも祖父の話に出て来る桂小五郎が好きで、チャンバラごっこでも、変装して三条河原に潜む桂に思いを馳せていました。
桂小五郎が主人公の小説も探しましたが、当時はなにもなかった。そのとき本屋でたまたま手に取ったのが、司馬遼太郎の短編集『幕末』で、目次に『逃げの小五郎』というのがあった。即、購入してむさぼるように読みました。祇園の美しい芸妓幾松との恋物語を祖父から聞いていた僕にはショッキングな内容でしたね。闘争でも女関係でも、とにかく逃げの一手の小五郎さんなんです。他の短編の方が面白かったですね。『桜田門外の変』では有村治左衛門の運命に涙し、安政の大獄という「狂気の弾圧」を引き起こした井伊直弼を「ただ、無智、頑癖(がんぺき)、それだけの男が強権をにぎっている。狂人が刃物をふるっているにひとしい」と断ずる司馬史観に目からウロコの思いでした。『奇妙なり八郎』は題名自体マイ・ブームとなって、清河八郎のことを聞くと未だに「奇妙なり」のフレーズが必ず頭をよぎります。後に篠田正浩監督が『暗殺』のタイトルで映画化しましたが、なぜ『奇妙なり八郎』にしなかったのか、と憤ったものです。司馬先生が活写する幕末の暗殺に絡む人間群像に魅せられました。司馬ファンの誕生です。
『燃えよ剣』と出会ったのは高校生の頃です。小説でもマンガでも映画でも、仇役としてしか見て来なかった土方歳三がぐっと身近になりましたが、即、大好きな作品にはなりませんでした。導入部の夜這いをする場面が、不潔な感じがしちゃって(笑)。新選組モノとしては、むしろ、後に読んだ『新選組血風録』の方に惹かれました。『燃えよ剣』を本当に好きになったのは、五十代になって読み返してからです。司馬作品の品格を自分なりに継承し映画化するとしたら、ここからだと思いました。
TVシリーズになった『燃えよ剣』は一部では評価されていたようですが、僕は見ていません。司馬先生は映画『新選組血風録 近藤勇』(1963)を見て、原作とあまりに異なっていることを不満に思われていた、と聞いています。六〇年代に映像化された諸作には、作者の世界観を反映していないものも、あったのではないでしょうか。少なくとも、司馬ファンである映画少年の僕が見た『忍者秘帖・梟の城』(1963)、『風の武士』(1964)、『燃えよ剣』(1966)、『尻啖え孫市』(1969)は原作の風格、香華、おおらかな人間讃歌を微塵も感じさせないプログラム・ピクチャーでした。
結果として、『関ヶ原』(2017)を経由して『燃えよ剣』の映画化に取り組むことになりましたが、そのおかげで岡田准一さんとも出会えましたし、最高の迂回路だったと思っています。撮影現場では、石田三成の扮装をした岡田さんと、次は『燃えよ剣』だね、などと話していました。自分の中では映像化不可能だと思っていた『関ヶ原』を、素晴らしいキャストとクルーで乗り切る事が出来たことは、大きな自信にもなりました。
脚色するにあたって、当初は前後編で『新選組血風録』や子母澤寛さんの「新選組三部作」も合体させて……と考えていましたが、製作の東宝は、上映時間二時間十五分程度、土方の足跡を出生地の多摩郡日野から五稜郭の戦いでの戦死まで描いて欲しい、と言うわけです。映画作りにはこういった枷(かせ)が付き物です。逆に言えば、そこさえ押さえておけば自由が効く。『燃えよ剣』だけでも相当なヴォリュームですから真っ向勝負では一本の映画には収まりきらない。発想の転換が必要なんです。
土方と新選組関連の書籍を様々なアングルから読み込みました。そこから箱館(函館)に入った土方の回想で物語を進める発想が浮かびました(誰を相手に語るのかは、映画を見てのお楽しみ、です)。こうすれば、原作での司馬先生の「語り」も、土方の言葉として生かせます。さらに、会津藩との関わり合いの中でしか、新選組は生まれなかったので、会津藩主松平容保を主人公にした司馬先生の中編『王城の護衛者』の要素も入れ込みました。土方と友情を育んだ『胡蝶の夢』の松本良順も入れたかったんですが、そこまでは間口を広げることができなかったですね。最終的には、二時間二十八分の映画になりましたが。
-
『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/17~2024/12/24 賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。