「もともと将棋が大好きで、自分で指すことも含めて、最近ではいちばんの趣味として楽しんできました。それを作品にしてしまったらこれまでのように純粋に楽しめなくなりそうで恐い。だからこそ将棋を題材にすることは避けてきたんですけど、ふと今回のアイディアを思いついてしまって……中年棋士がラストチャンスを得て、番勝負無敗の八冠に挑んでいくという物語。これは書きたい。もう書くしかないんだと観念しました」
映画化も話題になった大ベストセラー『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』をはじめ、恋愛小説の旗手として知られる七月隆文さん。最新作では知られざる将棋のタイトル戦を舞台に、感動の人間ドラマが繰り広げられる。
「タイトル戦の二ヶ月間だけに焦点を置いて、その一局一局ごとに主人公である田中一義の人生のドラマが進展する、という構成を取りました。四十六歳のピークを過ぎた中年棋士が自分の衰えに立ち向かいながら最後の檜舞台で戦っていく。何度もタイトル戦に挑みながら届かなかった過去と、同期の戦友、弟子や家族との絆なども含め、今までの人生を振り返りつつ新たなものを掴んでいく筋書きです。僕自身、元々そういう話が好きで。そして何より、将棋を知らない読者にも楽しんでもらうことを最優先で意識しました」
しかし実際の対局シーンの描写は困難を極めた。内容に説得力を持たせるため、物語に沿った棋譜をプロ棋士に依頼する万全の態勢で臨んだが、漫画や映像と異なり、小説は文字による説明から逃れることができない。ルールを知らない読者を楽しませつつ展開を伝えていく描写は「すごく大変で時間がかかった」という。この高いハードルを、駒の動きを会話仕立てにすることをはじめ、様々な工夫と趣向で乗り越えた書きぶりは、まさに王道エンタメ作家の面目躍如といえる。
「ジャンルでいえば本作は〈お仕事もの〉だと思っています。馴染みのない職業でも、読みながらそれを知っていく面白さがお仕事小説の魅力のひとつ。将棋の世界ってこうだったんだと興味深く読んで頂けると思います。これは絶対に面白いと信じて、いつにない熱量を持って書き上げました。棋士の先生方、呉服屋さんや対局会場のホテルなど、取材でお世話になった沢山の方々の期待に応えられるよう、今の自分の持てる力を出しきったと胸を張って言える作品です」
熾烈な勝負の世界と、家族や師弟、友との絆をみごとに描ききった新境地。多くの人々に愛された本書の主人公同様、長く愛される一冊になるはずだ。
ななつきたかふみ 大阪府生まれ。二〇一五年『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』で京都本大賞。『ケーキ王子の名推理』『100万回生きたきみ』など著書多数。
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