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幻想にお金がついた資本主義

幻想にお金がついた資本主義

成田 悠輔

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(文春新書)より #2

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

冷たく潰えた思い出は未来への着火剤。小学校時代に熱中した泥だんご作りの先に「お金の消えた経済」を夢想する〉から続く

 株価も仮想通貨も過去最高値を更新、生成AIの猛威が眼前に立ち現れ、かつてなく資本主義が加速する時代。お金や市場経済はどこへ向かうのか? 人の体も心も商品化される資本主義の行きつく果てに到来する「お金の消えた経済」。その驚きの未来像を描き出す経済学者・成田悠輔さんの『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』の第1章から、一部抜粋してお届けします。

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』

◆◆◆◆

寓話:合法ぼったくり時代、あるいはブランドが世界を食べる

 ココ・シャネルはかつてこう言った。「ラグジュアリーとは必需品が終わったところで始まる必需品である」。ラグジュアリーなポジショントークである。

 パリのファッションウィーク(パリコレ)に野次馬見物にいくことがある。言われなくても場違いなのはわかってる。世界中から招かれた100くらいのブランドがパリ市内を縫ってショーを繰り広げる1週間には、日本からもイッセイミヤケ、コムデギャルソン、ヨウジヤマモトをはじめ10ほどのブランドが参戦している。私と同世代の30-40代のデザイナーのブランドもいくつかある。

ココ・シャネルが初めて世に送り出した香水©Unsplash

 封建社会や年功序列の象徴にも見える。若いブランドから先陣を切り、大御所ブランドが奥に構えるその布陣がだ。その上、シャネルなどハイファッションの頂点に立つブランドの顔ぶれは、半世紀前も今もほぼ変わっていない。毎シーズン絶えず流れ行くことを運命づけられたはずのファッション(=流行)産業で、市場参入規制もないのに頂点が長く独占されつづけているのは自己矛盾にも見える。なぜなのか? 答えがわかった方はこっそり教えてほしい。

ブランドは商品ではない、もはや投資する資産だ

 ハイブランドが資本主義を煮詰めている。まず21世紀に入ってから彼らの商品のインフレがすさまじい。ここ5年(2019-24年)でエルメス、グッチ、シャネル、プラダ、ルイ・ヴィトンの核商品が34-111%も値上がっているという。ブランド名とロゴによる合法ぼったくりの時代にも見えるし、ハイファッションが消費する商品から投資する資産へと変貌しているともいえそうだ。ブランドの商品化から資本化への移行である。

香港のルイ・ヴィトン ©Unsplash

 個々の商品だけではない。企業としての市場価格も膨張中だ。ルイ・ヴィトンを中心とする服飾、宝石、時計、ワインなどのハイブランド複合体LVMH(Moët Hennessy Louis Vuitton)の時価総額がトヨタやソニーをはるかに超えているのは暗示的だ(2024年12月に3150億ドルで50兆円超)。そして、複合化し大型化するLVMHと真逆の流儀を貫き、家族経営と職人仕事の徹底を突き進めるエルメスの時価総額もまた、爆発している(2024年12月に2430億ドルで35兆円超)。

 安く便利で良い物を今ここで与えてくれるだけの企業より、雰囲気や価値観、優越感や高揚感など、いわく言語化・数値化しがたい事を与えてくれる商品と企業の市場価格が高まっているのかもしれない。物は枯渇するが事は枯渇しない。事に基づく資本主義は無限大の新大陸を発見したに等しい。

寓話:0→4兆円→0

 世にも奇妙な物語に巻き込まれかかった。2018年春ごろ、韓国人の知り合いが仮想通貨を作ろうとしていた。暗号通貨はコンピュータプログラム・コードの塊である。コードやその精神を説明したホワイト・ペーパーを読まされて、議論(というか雑談)相手をしていた。時間がなく怪しげでよくわからなかったこともあり、私自身はその暗号通貨事業に深入りすることなく幽霊部員化。その後数年間は彼と連絡をとることもなくなっていた。

©Unsplash

 次に彼について聞くことになったのは2022年の春ごろだった。驚くべきことに、つい数年前には無だったその暗号通貨は時価総額が4兆円を超える規模になってた。その暗号通貨の多くを所有する彼のチームの資産も数千億円を超えていた。

 しまった、いっちょがみしていれば100億円くらい手に入ったかもしれないと深く後悔していたその数ヶ月後、さらに驚くべきことが起きる。4兆円の時価総額が一週間あまりの間にほぼ完全に崩壊したのだ。投資家に莫大な損失を与えた彼は数え切れない訴訟の対象となり、ついには韓国当局とインターポール(国際刑事警察機構)から国際指名手配される。一年近く逃亡していた彼は、2023年3月モンテネグロの空港から偽造パスポートでドバイへと飛び立とうとしていたところを逮捕される。2024年には米国SEC(証券取引委員会)に対し45億ドル(6000億円以上)の罰金を科されたと報じられている。

暗号資産は人類史上もっとも利益率の高い資産

 暗号資産は爆誕と崩壊を繰り返している。2009年に誕生した現在15歳のビットコインの時価総額は2兆ドル、300兆円を超えている。2015年に誕生して10歳に満たないイーサリアムも4000億ドル、60兆円を超えている。すべての仮想通貨の時価総額の合計は3.3兆ドル超で、500兆円を優に超えている(すべて2024年12月現在)。身元不明者やヨレヨレTシャツの若者が書いたコードに刻まれたルールでしかない幻想に10年、20年で数百兆円の時価総額がつく。

ビットコイン ©Unsplash

 東京のタワマンも、純金も、アップル株でさえ足下にも及ばない成長率――人類の歴史上もっとも利益率の高い資産でありスタートアップである。未来に向かって新しい経済的生態系を作り出してくれそうな何かに巨大な価格がついたり剥がれたりするようになった。

占い師としての資本主義

 未来、ブランド、暗号、なりすましAI――雲を、夢を掴むような幻だと思われるかもしれない。たしかにそうだ。しかし、こうした幻想性は資本主義市場経済の起源からずっと付きまとってきた生まれながらの体臭である。胡椒、SNS、ピラミッド、広告、チューリップ、金融派生商品、大仏、スマホ、茶の湯、ファンクラブ、占い、宇宙旅行……なんでもいい。これらはすべて、歴史のある時点までは存在せず、誰の目も引かず、何の値段もつかないものだった。

 こいつらに幻想と慣習を超えた最もプリミティブで、最もフィジカルで、最もフェティッシュな価値があるのかと問われると、怪しいだろう。ないと人が死んでしまうものは一つもない。今では値段がつくのが当たり前の様々な商品やサービスも、値段の根拠はグラグラでスカスカである。値段がある状態が長く続いたから価値があるに違いないとみんなで思い込んでいるに過ぎないと言えば過ぎない。

©Pixabay

 価値があるとまだ人々に思われていない物や事を拾い上げ、そこにまだ見ぬ価値が眠っているという物語をぶち上げる。物語がどれくらい腑に落ちるかは、それぞれの時代や土地の文化や価値観、技術・情報環境が決める。物語が少数の、しかし十分に多くの人々を説得すると潮目が変わる。新しい何かに価値があるとみんなが思い込みはじめ、それを使ったり拝んだり狂ったりし、終わりなく増刷されるお金をその何かに流し込み消費し投資する。すると、予言の自己成就的に新たな市場価格が実現してしまう。根源的な価値ではなく表面的な行動で需要や価格が決まる資本主義市場経済は太古からそういうものだ。新たな市場価格の絶えざるでっちあげ機関である。紀元前にすでに「ローマではすべてが売り物である」(ガイウス・サッルスティウス・クリスプス 紀元前86年 - 紀元前35年)と言われたように。

文春新書
22世紀の資本主義
やがてお金は絶滅する
成田悠輔

定価:1,100円(税込)発売日:2025年02月20日

電子書籍
22世紀の資本主義
やがてお金は絶滅する
成田悠輔

発売日:2025年02月20日

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