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子どもの自死数が過去最多の529人に。なぜいま離婚後「共同親権」を問うのか?

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

子どもは誰のものか?

嘉田由紀子

子どもは誰のものか?

嘉田由紀子

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 いまや夫婦の三組に一組が離婚する時代だ。毎年約一六万人の子どもが両親の離婚に直面している。

 日本では、両親の離婚後はひとり親となるのが当たり前である。

 子どもがいての離婚では、子どもは父と母のどちらかを選ばなければならない。その背景には、日本が一世紀以上にもわたって続けてきた単独親権という法制度がある。現状では親権のほとんどが女性親に行き、その割合は九割に迫る。しかし、それが決まるまでの過程は凄絶である。親権争いは離婚成立前から始まり、場合によっては子連れ別居にいたる。やがて子どもは、親権を得られなかった親だけでなく、その祖父母、親族とまでも疎遠になってしまう。

 夫婦の争いによって、子どもが本来結ぶはずであった人と人とのつながりを絶たれる“縁切り”が行われてきたのだ。

不幸のガラパゴスにおける最大の被害者

 一九六〇年代のことになるが、アメリカの心理学者たちが「ストレス・マグニチュード」ということをいい始めた。長い人生の中で起こり得るさまざまなライフイベントが、心に与える震度、衝撃の大きさを計算したものである。それによれば一位は配偶者の死で、離婚は五位である。

 調査結果の発表からずいぶん時間がたち、日本でも離婚が珍しくない時代だから、心の痛手を共有し合える人に出会う可能性は高く、震度の順位はもう少し下がるのかもしれない。それでも、孤独の中で痛みを抱えるとなったらたいへんだ。なお悪いことに、諸外国が共同親権を認めるなか、日本の離婚の方式は単独親権という特異なやり方でなされ続けてきた。しかも離婚の九割は、離婚届に形式的に必要事項を書くだけで成立する協議離婚である。協議とは名ばかりで夫婦間の取り決めはほとんどされていない。

 かくて日本は、離婚と離婚後の親権に関していえば、完全なガラパゴスとなった。危機に直面しても幸福な復元を実現する特異な進化をしてきたなら世界から称賛されるだろうが、実際はまったく逆で、不幸を増長する進化をしてきてしまったのだ。

 たいへんつらいが、日本の子どもの自死人数は二〇二四年に過去最多となってしまった。五二九人の小中高校生が自ら命を絶ったのである。日本の子どもの自殺率は他国に比べて非常に高く、G7の国の中で一〇歳から一九歳の死因で自殺が一位となっているのは日本だけだ。厚生労働省の調べでは、「学業不振や進路に関する悩みなどの学校問題」、「うつ病などの健康問題」、「親子関係の不和などの家庭問題」が理由の上位となっている。当事者の大人でも大きな衝撃を受けるのに、両親の離婚が子どもにショックを与えないはずはない。両親の離婚で子どもの心は置き去りにされてきた。子どもは物ではない。不幸のガラパゴスにおける最大の被害者は子どもである。

 二〇二四年は、日本にとって画期的な年となった。五月二四日、離婚後も両親が共同で親権を持ち続けることのできる改正法が、衆参両院において賛成多数で可決して公布されたのである。一世紀以上続いてきた法律の条文が大きく書き換えられたのだ。

「親権」という言葉を聞いても、離婚の当事者をのぞく多くの人にとっては遠い話のように感じられるかもしれない。

 しかし、離婚後の親権のあり方を考えていくと、男と女や親のあり方に始まって、子どもとはどういう存在なのかに思考は進み、やがて家族とは何なのかという問いに行き着く。その先にあるのは、共同養育という世界だ。この世に生まれ出て、両親の愛のもと、祖父母や親戚、さらには地域共同体に見守られて育ってこそ、人は幸せなのだ。

 つまり、離婚後の親権のあり方を決めることは、現在の私たちの家族観をどのように法に反映させるかを問うことであり、あるべき日本社会の姿と家族の未来をデザインすることにもつながってゆく。

 あなたの周囲にいるさまざまな家族を思い浮かべてほしい。決してこの話題が当事者だけの問題ではないということに思いいたるはずだ。彼らの姿は、あなたの家族の未来かもしれない。幸福な家族の姿が思い描けない社会では、少子化はますます進むだろう。

 私は、子どもが両親の離婚後も父母双方と関わり続けることのできる共同親権を目指し、政治とは縁遠い学者から滋賀県知事を経て参議院議員になった。私自身も離婚を経験している当事者である。民法改正が実現して大願成就ではないかと思うかもしれないが、そんな感慨とはほど遠い心境だ。改正法案の細部を点検していくとむしろ、不備が目立ち、憤りさえ感じた。

 国会という、最終的に法律を確定させる立法府に身を置く人間として、不備を指摘して是正を求めた。ところが、今回の改正法案をめぐっては、しばしばまともな議論にさえならなかった。議論の発展を阻止したのは賛成派と反対派との激しいハレーションだ。結果、法案は“骨抜き”のまま国会で可決、公布となったのである。

 私は、長らく原則共同親権を主張し、賛成派として行動してきた。もちろんDVや虐待などの例外は別である。反対派の主張は母子福祉である。現状では離婚後は女性が親権を取って子育てする場合が圧倒的に多いのだから、単独親権のままでいいという考えだ。一方、賛成派の主張は男女平等である。子どもは両親がいて産まれるのだから、たとえ離婚しても双方の親が子どもへの義務と責任を負っていくべきで、諸外国はすでにそのような法整備を行っているという考えだ。こうして可決された法案は、単独親権と共同親権のどちらでも選択できる内容となった。

 一見、賛成派と反対派の妥協案として調整ができたように見えると思う。しかし、ここには恐ろしいほどの火種が埋め込まれている。試みに、離婚など考えられないご夫婦の間で話してみるといい。同じような考えでいると思っていたのが、微妙な違いがあることに気がつくだろう。子育て中の友人たちと話す場合は、注意深く行わないといけない。見解の異なりは相手への不信感に発展する可能性さえ含んでいる。

 結婚、離婚、子育て、親の義務と責任に対する考えは、この国では「人それぞれ」がもっとも優先され、他人からは不可侵、立ち入り厳禁のタブー事項として取り扱われてきたのだ。その点では国会での審議も変わりはなく、パンドラの箱を開けたものだから収拾がつかなくなったのである。

 一応の可決をもって国会の審議は終わった。だが、火種は燻り続け、いつ発火して炎上するかわからない。そこで私は、二〇二四年五月までの審議を記録して多くの人びとに知らせておきたいと思った。それが、本書執筆の第一の動機である。改正法は、二〇二六年春までに施行され、国民のすべてに適用される。施行に向け、できることはしないといけない。私はまだ不満なのだ。さらなる進展を望む。そうしなければ日本の縁切り文化に歯止めがかからない。本書を、そのための土台にしてほしい。

声なき声を拾い上げる

 私は国会が閉会したあとの二〇二四年七月から、北海道から沖縄まで、大急ぎで訪問調査の旅に出た。まずお会いしたのは、単独親権のもとで別居や離婚をして親子断絶となってしまった方々だった。彼らの悲鳴のような声は、このまま放っておいたら時代の流れに埋もれてしまいかねない。となれば、長年続いた法律の功罪を振り返る術を失う。私の敬愛する民俗学者の宮本常一さんの著作に『忘れられた日本人』(岩波文庫)がある。昭和の高度経済成長の中で、消え失せそうな古くからの文化を保持して逞しく生きる名もなき庶民の姿を活写したエッセイ集だ。この名著を遠くに見ながら、忘れてはいけない声をなんとか拾い上げようと努力したつもりだ。

 さらに、つらい胸の内を話してくださった方々に報いるべく、話の中で浮かび上がってきた問題には、専門家を訪ねて助けを借りながら解決の見通しを立てようとした。法学者、法社会学者、家族社会学者、心理学者、脳科学者といった分野の方々である。忙しい時間を割いて貴重な話を聞かせてくださったのに、紙幅の関係ですべてを収められなかったのは、ここでお詫びしなければならない。それでも、それぞれの声は私の血肉になった。だから本書は、声が書かせ、できる限りの声を収める構成になっている。

 貴重な証言を集める旅は、二〇二四年の暮れまで続き、大急ぎでそれをまとめた。まとめる過程で、私自身の家族のあり方を振り返ることにもなった。家族のあり方を考えるうえで、学生時代に出会ったフェミニズムやサル学にも言及している。

 そして最後に少し先の未来を考え綴ってみた。今の私にとって、それは禁じ手であった。私は政治家である。政治家が未来を語るときは、実現可能なマニフェストとして提示する使命がある。本書で私が綴ったのは、まだマニフェストに落とし込めていない内容だ。「政治家のくせに夢物語を語るな」とのお叱り、ご批判は真摯に受け止める用意をしている。しかし、これは職務を離れたひとりの人間としての私の声である。

 願わくば、多くの声に耳を傾け、タブーを解き、共同親権から始めて人間にしかない家族という共同体について考えをめぐらせていただきたい。

 “縁切り”ではなく“縁をつなぐ”新しい日本の家族の未来を思い描きながら。

二〇二五年四月 琵琶湖畔比良浜の自宅にて 嘉田由紀子


「はじめに パンドラの箱を開けた民法改正」より

文春新書
子どもは誰のものか?
離婚後「共同親権」が日本を救う
嘉田由紀子

定価:1,166円(税込)発売日:2025年05月16日

電子書籍
子どもは誰のものか?
離婚後「共同親権」が日本を救う
嘉田由紀子

発売日:2025年05月16日

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