元・日本マイクロソフト業務執行役員で「伝説のマネージャー」の異名をとる澤円氏が、新著『The Giver 人を動かす方程式』を上梓した。AI時代において「Giver」(=与える人)というマインドセットこそが人を動かす鍵であり、仕事の成長を決定づけると語る、その驚きの理由とは?
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「個別最適化」の時代が加速している
──なぜ今回「人を動かす」という王道のテーマに挑まれたのでしょうか。
澤 長年マネージャーを務め、様々な企業の経営のサポートをしてきた僕にとって、「どうやって気持ちよく人に動いてもらうか」は至上命題で、カーネギーの名著『人を動かす』をバイブルにしてきました。
執筆の背景としては、いま令和において世の中が急速に「個別最適化」へと進んでいることがあります。Web3.0の世界観が加速し、個人の趣味嗜好や行動様式が細分化される中で、かつてのように「皆さん」という大きな主語で一律のメッセージを使って「マスを動かす」ことが難しくなってきました。
そんな時代に「人の心を動かす」には、なにか物を売るにせよチームを束ねるにせよ、一人ひとりと向き合う重要性が増しています。他者への観察力を高め、個別にアプローチしていかなければ、人は動かない。そのあたりの考え方をアップデートする必要性を感じて言語化したのが本書です。
──そこでなぜGiverというマインドセットが重要になってくるのでしょうか。
澤 Giverを直訳すると「与える人」ですが、この用語はアダム・グラントの往年のベストセラー『GIVE & TAKE』で日本でもよく知られるようになった概念です。
僕の定義では、「与えることを自然にできる人」のことで、「思考より先に行動する」点に特徴があります。つまり、おせっかいかな? 恥をかかないかな? と起こってもいないことに逡巡するのではなく、目の前の困っている人やチームのためにさっと手を差し伸べて行動できる人です。
ではなぜ、一見「利己的に振る舞ったほうが儲かりそうな」ビジネスの世界でもGiverであることが必要なのか? 昨今、ECサイトの発達によって「物を買う」という行為は極限まで簡単になりました。商品をつくるのも、それを売るプラットホームも巨大企業が牛耳っており、商品そのもので差別化を図ることがとても困難になってきています。
すると「個別最適化」への解となるのは、「誰から買うか?」という点です。人の繋がりによってビジネスのエコシステムが動くことを前提にすると、普段からGiverであることは、他者に振り向いてもらえる確率を格段に高めます。
──確かに同じ買うなら魅力のある人や企業から買いたいですね。
澤 ですよね。自分の利益ばかり考えて他者から奪う人を「Taker」(テイカ―)、ギブ&テイクの損得勘定だけで動く人を「Matcher」(マッチャー)といいますが、彼らを相手にしているとどうしてもギスギスしてしまう。
でもGiverは与えることを喜びとするマインドセットを持っているので、その周りには自然と人が集まります。「これからのビジネスは“推し活”だ」と僕はよく言っていますが、顧客やチームメイトのために進んで貢献して感情的なつながりをつくる。すると「あなただから買うよ」「あなたになら協力するよ」という好循環が生まれ、結果として仕事の効率が良くなり、高い付加価値も生まれるんです。
――つながりによる好循環が大切なわけですね。
AIには代替できない価値を生むGiver
澤 さらに言うと、AI時代にはあらゆる作業や情報が「抽象化」されていきます。AIがスピーディに処理したり答えを出せる領域が増えるほど、人間がやることは「具体」の部分――リアルな行動やその人ならではの属人性に仕事が集約されていきます。つまり「この人がやるから価値がある」と思ってもらうことが重要になる。
普段から他者を応援している人は、今度は周りから自分も「推して」もらえるようになるんですね。「理由はよく分からないけれど、あの人が好きだから応援する」。そんな感情的な繋がりを生むのがGiverとしての資質であり、AIには代替できない価値となります。
──では具体的にGiverとしてどう行動したらよいでしょうか。日本人は相手に気を遣いすぎるあまり「動けない」という人も多そうです。
澤 Giverになりきれない人は、しばしば損をすることや、うまくいかないかもしれないことを過度に恐れています。成功率100%を目指す必要はなく、むしろ失敗を「学び」に変換できる人が強い。
サッカー選手のロベルト・バッジョの有名な言葉に「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持つ者だけだ」というものがあります。ワールドカップの決勝でPKを外した彼だからこその響く言葉です。勇気をもって普段から与えていないと、どういう与え方が喜ばれるかも学べないですからね。
それを踏まえたうえで、Giverとしての第一歩はまず「観察する」こと。興味と好奇心をもって周りの人をよく見る。例えば、誰と話しているときに機嫌がいいか、あるいは緊張しているのか、あるいはいまどんな仕事に取り組んでいるのかなどを把握するのです。人を観察するときは必ず「減点方式」ではなく「加点方式」で。その人の「周りへの貢献度の高い」部分を見つけてくださいね。
もしあなたがマネージャーの立場なら、励ましたいメンバーの同僚らに「最近〇〇さんが頑張っているポイントはなに?」とあらかじめ聞いてみるとよいでしょう。人は誰しも「〇〇さんの仕事のここがいいってみんな褒めてたよ」と、伝聞で具体的な褒め言葉を受け取るとモチベーションが上がるからです。これはとても良いGiver的なコミュニケーション法です。
――そんな声かけをしてくれる上司は理想的ですね(笑)。
マイクロソフト時代の“忘れられない”上司たち
澤 僕のマイクロソフト時代のマネージャーの約半分は、Giverタイプでした。IT業界はトラブルが起こると徹夜作業になるのが当たり前ですが、僕らが夜中に対応作業に追われているとき、あるマネージャーがふらりと現れて「みんな帰っていいよ。あとは自分がやっとくから」と引き受けてくれたり……細かいことは言わずに、しれっと助けてくれる人が多かったですね。
なかでも、「働き方改革」の第一人者として知られるエグゼクティブアドバイザーの小柳津篤さんは忘れられない存在です。僕が平社員のころ、隣の部署で本部長をされていたのですが、いろいろ親切にしてくださって、あるとき1on1ミーティングでこう言った。
「澤さんさ、いずれ僕を部下にしなよ。あなたのもとでメンバーになるの僕はウェルカムだよ」って。一介の平社員の僕の中にマネージャーとしての資質を見出して、後押ししてくれたんです。僕の人生を変えた「その気にさせてくれた」ひと言です。
そして数年後、それは本当に実現した。ある組織改編のタイミングで小柳津さんが自由な立場を選択できるようになったとき、迷わず一プレイヤーとしての立場を選んで、僕の新しいチームに来てくれたんです。肩書とかに全くこだわらずに。
――まさにGiver的な振る舞いですね!
澤 そこから僕が退社するまでの12年間、小柳津さんはずっと一緒に働いてくれました。元・日本マイクロソフト社長の平野拓也さんも、Giverタイプの経営者でしたね。「5年に1回、自分をクビにする」というマインドセットを持っていて、肩書きを失ったときに一個人に戻って何ができるかを考える方でした。Giverは、組織から与えられた地位や権力にあまり価値をおかず、つねに自分自身がどうまわりに貢献できるかにフォーカスするんです。
「互いに協働する」文化が根付くと業績も飛躍する
──サティア・ナデラがCEOになってから、マイクロソフトの社内文化が刷新されたことも大きかったのでしょうか。
澤 もう劇的に変わりましたね。詳しくは本書に書きましたが、特に大きかったのは「他者への貢献(Contribution to others)」が人事評価の中に明文化されたことです。自分の数字を達成するだけでなく、「他者の成功をどう助けたか」が評価される。これによって社員のマインドセットが激変しました。
もともとマイクロソフトは世界中から人材が集まってくる多様性の高い集団です。するとメンバー同士の前提条件や文化的背景がまったく異なるわけです。日本の会社のように「みなまで言わなくても分かるだろう」というマネージメントは通用しません。明確に言語化しない、明文化しないのはマネージャーの怠慢とも言えます。サティア・ナデラがGiver的な貢献を積極的に評価するルールにしたことで、「互いに協働する」という社内的なコンセンサスも一気に進んでいった。
だからといって、もちろんKPI(数値目標)がなくなったわけではありません。仕事は相変わらずハードでしたし、売上の責任もありました。しかし、数字目標と風通しのよい助け合いの文化は両立するものなんですね。互いにgiveしたほうが組織全体でむしろパフォーマンスは上がったと感じました。生産性が大きく向上し、株価も上がったことはマイクロソフトの歴史が示す通りです。
分け与えると幸せの総量が倍になる
――Giverが増えることで日本のビジネスシーンも明るい展望が開けますか?
澤 間違いなくよい未来が待っていると思います。Giverはなにも利益を度外視して分け与えろとか、搾取されても与えろというのではありません。他者をハッピーにするために自分や組織が無理なく何ができるだろうと考えるマインドセットの話です。
たとえば目の前に自分の買ってきたホールケーキがあるとして、相手に半分与えたとしたら物理的には半分に減ります。ここでケーキを半分「損した」と発想するのではなく、与えたことで相手がハッピーになって、“幸せの総量が倍になった”と捉えるんです。与えることでより多くの幸福を生み出すことに成功しているのは、とても素敵なことだと思いませんか? Giverになると世界の見え方が一変しますし、仕事においても新しい扉が開きます。
本書には、人をハッピーにし、内発的に動かすスキルについても惜しみなく盛り込みました。AI時代に不安を感じていたり、自分のキャリアに悩んでいる人にも大きなヒントになる一冊だと思います。
この本がみなさんの人生にとってギフトになることを願ってやみません。









