新著『世界一流エンジニアの思考法』が大反響を呼ぶ米マイクロソフトシニアエンジニア・牛尾剛さんと、『メタ思考』が話題の元マイクロソフト役員で実業家の澤円さんが、日米の企業文化の違いから改革のヒントまで、シアトルと日本を繋いでオンラインイベントで語り合った。
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一緒にプレゼンの質を高める仲間だった
牛尾 澤さんお久しぶりです。渡米してから久しく会っていませんが、いつもVoicyのトーク楽しく聞かせてもらっています。長年親しくさせて頂いているのに、こうして人前で対談するのは初めてですね。
澤 そうですよね、今日は楽しみにしていました。我々がどういうつながりか分からない視聴者も多いと思うので、まずお互いに“他己紹介”しましょうか?
牛尾 いいですね!
澤 じゃあ、僕からいきますね。牛尾剛さんは、もともとはマイクロソフトの日本法人のほうで働いていて、僕の同僚として席を並べて働く間柄でした。所属部署は違ったのですが、お互いテック系の人間で様々なイベントでの登壇が義務付けられていて、僕はビジネス中心の話をする一方で、牛尾さんは開発者の視点から情報発信をする役割。その頃の牛尾さんは、主にソフトウェア開発の手法を人に伝える仕事をしていたんですね。
で、イベントの時にプレゼンテーションのレビューをして欲しいと、よく僕に依頼をしてくださって、一緒に完成度を上げるお手伝いをしていたんです。ある時なんて、イベント会場のホテルに前日から泊まって、夜中の1時過ぎまでレビューをしたこともありましたね。
牛尾 深夜までガッツリ面倒みてもらって(笑)。
澤 そんな感じで、一緒にプレゼンテーションの質を高める仲間として数年働いた後、牛尾さんは華々しくアメリカ本社に旅立って、今やAzure Functionsというクラウドサービスの開発部隊の一員として、日々コードをバリバリ書く仕事をなさっているわけです。
牛尾 完璧な紹介ありがとうございます。澤さんは、僕が44歳でマイクロソフトに入社したとき、「プレゼンの神様」として超有名だったんですね。見た目もこの通りジーザスで(笑)。一番最初に社内の食堂で会った時、しゃべり出したその瞬間から最高のプレゼンを聞いているようで、レベルの違いに衝撃を受けました。プレゼンのうまい人は社内に沢山いたけれど、澤さんがぶっちぎりで一番だった。
だから僕は澤さんに習いたいなって思って、厚かましくもよくレビューをお願いしていたんです。澤さんのメソッドの最高なところは、再現性があるということ。どんなに素晴らしいメソッドでも、普通の人が出来なかったら役立たないじゃないですか。でも澤さんのメソッドを僕は何も考えずにそのまま実行できた。できるだけ忠実に理解して、何ひとつ変えずにやってみたら、大きな技術系のイベントでプレゼンで1位を取れたこともあります。
僕なんて澤さんに比べたらもう1000分の1くらいの実力ですが、アメリカに来てからも教わったプレゼン技術はそのまま役立っています。
澤 1000分の1だなんて(笑)。
牛尾 澤さんは、ビル・ゲイツが授与する「Chairman's Award」を受賞するほど優秀でしたが、僕がアメリカに行ったあと、マイクロソフトを辞めてご自身の会社を立ち上げて多方面で活躍しています。澤さんはVoicyという音声メディアで毎日いろんなトピックスで話していますが、日々をエンジョイされている様子が伝わってきてすごく楽しい。そんな僕の大恩人が澤円さんというわけです。
自分ができないことに無理に時間をかけない
澤 ご紹介ありがとうございます。『世界一流エンジニアの思考法』を大変興味深く読ませてもらいましたが、まず第一にこれは「人は頑張ればどうにかなる」という勇気を与えてくれる本。ようは自分にできないことはできないと現状認識して、無理に時間をかけずにさっとエキスパートの助けを求めろ、と。
牛尾 ズバリ核心を突いてくれました。澤さんよくご存知だと思うけど、僕は三流エンジニアでADHDだから長年ずいぶん苦労してきたけど、アメリカに来てからすごく居心地がいいんですね。訳わからない仕方で無理をしなくていいから。
澤 僕もADHDでずっと自己肯定感が低かったから同じ仲間としてすごく気持ちがわかるんだけど、日本の教育機関や企業って、苦手なことを克服させようとするでしょ。もちろんトライするのは悪いことじゃないけど、社会人としてなんでも平均的にこれ以上はできないといけない、みたいな押し付けは根本的に違うと思う。
人はそれぞれ違う生き物だし、大切なのは生産性高くよい結果を出すことであって、結果を出すために各人のやり方で効率よくやったほうが合理的なんだよね。
牛尾 澤さんが自分と同じ特性をもつ仲間なのは昔からずっと心の支えになってきたのですが、おっしゃるように、インターナショナルチームでもまれてみると、日本の企業の「常識」って一体なんだったんだろうと気づかされました。
優秀な人たちが非効率なことをやっている日本的会議
澤 たとえばその最たるものは会議。本書でも「会議の準備と持ち帰りはやめるべき」と書いてあったけど、僕が今いろんな日本企業の顧問や社外取締役をやっていると、めちゃくちゃ優秀な人たちが非効率なことをやっている現場によく出くわします。
僕ごときのために、会議の資料を物すごい枚数パワポにまとめてきて、それを延々と朗読するパターンが非常に多い。会議で物事を決める時間がなくなるくらいに。
牛尾 それじゃ、意味ないですよね。
澤 会議をやると、たいていしゃべる人は、1~2人のお偉いさんだけで、とり囲んでいる7~8人のスーツ組は発言しない。長く説明されて、「ところで僕以外の人は、これ初めて聞くんですか?」って言うと、みんな資料を作るプロセスに参加しているから全員わかっていたりする。「内容を把握しているし、とくに話す予定がないんでしたら、今すぐ退出して、好きに時間を使って頂いていいですよ」と僕は言うようにしていますが。
牛尾 僕の部署では週2回定例会があるんですが、マネージャーが「出なくていいよ」と言ってくれます。進捗を話し合うだけだから、「ツヨシは技術ディスカッションだけでいいから、こっちの時間は返すよ」って。
時間は「価値にして返す」もの
澤 それってすごく大事なマインドセットで、アメリカの企業では1時間のミーティングが45分で終わったとしたら、“15 minutes back to you”(15分あなたに返すよ)という言い方をよくするじゃないですか。時間は借りているという概念ね。日本のビジネスフレーズだとよく「お時間頂戴します」って言うけれど。
牛尾 時間はあげないですよね、貸すものであって。
澤 そう、貸しているだけだから「価値にして返してよ」と思うし、僕のためにただ単に列席している人がいたら、時間を借りるのは申し訳ないから、出て行って有効に使ってほしいと本気で思うんだよね。エンジニアの現場ではそういう考え方がベースラインにあるわけでしょ。
牛尾 無駄な会議への出席は誰もやっていないし、面倒な準備は一切しないし、極力持ち帰り仕事は生じさせないやり方ですね。あと、しゃべらない人は誰もいない。みんな英語で超高速にトーンアップしてしゃべり倒すから、話の継ぎ目がなくて非ネイティブの僕からすると、割って入るのが難しいほど(笑)。
僕ら日本人は、発言者がしゃべり終わってから話すじゃないですか。でも、ここではみんなディスカッションでも、常にオーバーラップして突っ込んでくるコミュニケーション。だからものすごい効率がよくて、その場でビシッと何かが決まって終了。
澤 そうそう。決めるってことに対する執念がすごくて、誰がいつまでに何をするかが明確に決定されていく。それが、本来の会議の役割だからね。
コミュニケーションのスタイルの違いをめぐって、アメリカのMBAで言われている面白い小ネタがあって、欧米人の会議をスポーツでたとえるとバスケットボールなんです。ボールが常に目まぐるしく回っている状態。
牛尾 確かにそんな感じですね!
日本人のコミュニケーションをスポーツに例えると…
澤 次に、BRICS。ブラジル、ロシア、インド、チャイナ、南アフリカはラグビーと言われているんですね。人が喋ってたら、タックルしてボールを奪い取ろうとする(笑)。ディスカッションでも相手から主導権を奪おうとするアグレッシブな話し方です。
だからインド人ばかりの会議で、せーのでみんなしゃべり始めると、最後まで喋り続けた奴のアイデアが採用される! インド人の会議で最も重要なのは、肺活量だって話もあるほど(笑)。
牛尾 アハハハ、確かにそういうノリですね! 僕の部署も半分くらいインド人なので、すごくわかります。
澤 で、クエスチョン。日本人は何だと思います?
牛尾 なんだろう、ゴルフかな?
澤 答えはね、ボーリング。順番が巡ってくることが前提で、フレームが決まってる。私の番、あなたの番が決まっていて、そのタイミングで、発言をするような会議が日本では一般的。マイクロソフトで23年働いて、マネージャーを15年やった僕のような人間ですら、とくに英語での発言だと、人の話にカットインしづらいのはあります。
牛尾 わかります。そのあたりグローバル企業の文化は、会議でもディスカッションでもプレゼンでの質問とかだって、まったく遠慮がない。
澤 コミュニケーションにおける遠慮なんて、百害あって一利なしですからね。遠慮はないけど、みんな人を助けることに関してポジティブですよね。
牛尾 マイクロソフトには人事の評価制度のなかに、人を助けるという項目も含まれていてカルチャーとして人助けが根付いている。だからみんな分からないことは気軽にエキスパートに質問できるし、聞かれたほうも自分の時間やリソースに余裕がない時はサクッと断れる。「気軽に聞けて、気軽に断れる」コミュニケーション文化が生産性を加速させていると思う。
日本企業は社員を子供扱いしている
澤 僕はこれまでいろんな日本企業の業務改善にコミットしてきたんだけど、この会社をこういうふうに変えていこうと提案しても、現場の人たちがまるで遠い「スター・ウォーズ」の物語を聞いているような感覚になってしまって、「自社で起こせる変化」という距離感で捉えられていない問題がよく生じてきました。よく聞くフレーズが「それをやると怒られるからできません」なんですよ。
牛尾 怒るとかって、こっちならパワハラで一発アウトなのに。
澤 実際、怒鳴るとかまでいかなくても、ネガティブな反応を総称してそう言っている。「部長が怒るからできません」「隣りの部署から怒られるんで避けてください」とかね。「その感情に即したビジネス上の決定はどういう顧客価値を生むのか、僕にロジカルに説明してもらえますか?」と聞くと、まともな答えが返ってきたことは一度もないんです。
そもそも日本企業は社員を子供扱いしているし、みんな無駄だとわかっていることでも、上の顔色をうかがって、誰も止めようとしない残念なマインドがこびりついている。
世界中で実証されている効率のいいスタイルを真似する
牛尾 それでは生産性が爆下がりして当然なんですよね。澤さんが『メタ思考』に書いていたように、自分の組織、コミュニティ以外の「外のものさし」を持って、自分たちがとらわれているものを客観的に見る視点が絶対に必要だと思うんです。既存のビジネスの慣習に固執せず、まさに「自分がゲームチェンジャーになる」というマインドセットが。
ソフトウェア開発に関していえば、どうしたら効率よく開発できるのか世界中でさんざん研究され、実証されているスタイルがもうあるわけだから、日本でも素直に真似したらいいと思うんですね。個々に優秀なエンジニアはたくさんいるのだから。
澤 日本企業は従来のシステム開発に固執した結果、グローバル競争においてスピードが全く追いついていない現実がある。日本的な組織文化は、ことソフトウェア開発において非常に相性が悪い。
仕事の正解やルールが変わった時代において、ではどうやったらビジネスを抜本的に飛躍させることができるのか、僕はマネージャー職が長かったので、主に仕組み側から見て今回の本を書きました。一方牛尾さんはエンジニアとしての現場の立場から、生き生きとしたディテールとともに、一流の人たちのマインドセットの秘訣を書いていて、両書は深く共鳴していると改めて思いました。みなさんにはぜひ2冊とも読んでほしいですね。
牛尾 本当にそう思います。今日は刺激的なお話をありがとうございました。
(代官山蔦屋書店イベントにて)
牛尾剛(うしお・つよし)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、大手SIerでITエンジニアをはじめ、2009年に独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、2019年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。著作に『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』などがある。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ。立教大学経済学部卒。生命保険のIT子会社勤務を経て、1997年、日本マイクロソフトへ。ITコンサルタントやプリセールスエンジニアとしてキャリアを積んだのち、2006年にマネジメントに職掌転換。幅広いテクノロジー領域の啓蒙活動を行うのと並行して、サイバー犯罪対応チームの日本サテライト責任者を兼任。2020年8月末に退社後、2019年10月10日より、(株)圓窓 代表取締役就任。2021年2月より、日立製作所Lumada Innovation Evangelist就任。他にも、数多くの企業の顧問やアドバイザを兼任し、テクノロジー啓蒙や人材育成に注力している。美容業界やファッション業界の第一人者たちとのコラボも、業界を超えて積極的に行っている。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部専任教員。著書に『マイクロソフト伝説マネジャーの世界№1プレゼン術』など。
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