なんて読みやすいんだろう。上野さんの本じゃないみたいだ。穏やかですっきりしている。思考が、言葉が、何にもこだわらずに流れていく。
上野さんといえば、なんでも知ってて、なんでもできて、なんでも知っててなんでもできることをみんなが知ってて、女子校の生徒会長みたいな感じで、リーダーシップ抜群で、アタマがよくて、下級生(あたし)にとっては、かっこよく、ちょっと怖く、生徒会の集会ではむずかしいことを平然と言い、でもわかんないほどむずかしいかといえばそうでもなくて、ちゃんと噛み砕いて話してくれるし、ときどきリズムのいい独特の上野節が出て、世代が世代なので、「とめてくれるなおっかさん」みたいなふんいきがあり、ついクラクラッとなる、という印象であった(メタファとイメージで話しております)。
ところがこの本の上野さんは、そうじゃない。最初のうちこそ上野節が出るし、むずかしげな話もときどき出てくる。やっぱり上野さんだから、それがないと物足りない。だからこそ深まるし、おもしろくなる。でも、上野さんはこだわらずに次へ行く。読みすすめるうちに、どんどん上野さんが近くなる。ときどき、おやと思うほど無防備にそこにいる。手を伸ばせばさわれるほどだ。上野さんはそこで、とても自然に、息して、ものを食べて、飲んで、聞いて、しゃべって、いろんなことを思い出したり考えたりしている。
まるで、上野さんが脱衣所で服を脱いでいくのを目撃してる感じ、いや、だからといって特別な意味を持たせるつもりはなく、女子校の先輩といっしょに温泉に浸かりにきたような読後感なのである。
あたしはコンピュータの前でこれを読んでいった。上野さんがあたしの知らないものについて話し出すたびに、丹念に検索していった。森八の最中を検索した。栗かのこも、焼きりんごのレシピも検索した。フィリッパ・ジョルダーノや浅川マキや井上陽水をYou Tubeで聞いた。大きな湯飲みでお茶を淹れて飲んでみた。グーグルの地図で、上野さんの疾走した道をたどってみた。シルバー・グレーのクルマは、スポーティブな二人乗りなんじゃないかと想像した。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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