「本屋で、夜明けだ。」
キャッチコピーの通り、新宿のランドマークは朝まで眠らなかった。徹夜で本を読み、謎を解き、そして爆買いする多数の人々。
紀伊國屋書店で開催された、初のオールナイトフェス「KINOFES 2026」の“狂乱の一夜”に集ったのはいったいどのような人たちだったのか。イベントのもようとともに紹介する。
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紀伊國屋書店新宿本店の“見慣れぬ光景”
2026年1月31日、土曜日。多くの商業施設がシャッターを下ろす午後8時、新宿通りに面した紀伊國屋書店新宿本店では見慣れぬ光景が広がっていた。
通常営業を終え、一度は空になったはずの店内に、再び人が吸い込まれていこうとしているのだ。親子連れ、カップル、そしてソロ参加者たち。午後8時30分、1階通路には100人を超える行列が出来上がっていた。
彼らの目的は、紀伊國屋書店創業の地・新宿で開催されるオールナイトフェス「KINOFES 2026」。情報解禁後に即完売した貴重なチケットを持つ者、関係者を含め約750人が、この「夜の書店」に集結した。
そこには、異様な熱気が立ち込めていた。
入場直後の「爆買い」とワインを飲もうとする女子たち
まず驚かされたのは、入場直後の参加者たちの行動だ。
書店での本選びは静かに行われることがほとんどだが、この夜は違った。スーパーのタイムセールのごとく、入場するやいなや大量の本を買い物カゴに投入する人、抱える人が続出しているのだ。
「じっくり選ぶ」のではなく、「確保する」といったような手の動き。遠巻きにレジの会計額を観察していると、1万円超えの金額が平気で続く。出版不況とはここでは関係のない話なのか。これが“祭り”の魔力なのか。
一方、フロアを上がるとまた違った空気感も漂っていた。最上階の8階コミック売り場には比較的落ち着いた時間が流れている。
談笑しながら棚を回る女性二人組に声をかけた。
「今日は友達と参加しました。まだ本は買ってないんですけど、これからじっくり選ぼうと思います。夜中は一旦店から出てワインでも飲みに行こうかなって」
彼女たちは、ガツガツと本を漁るのではなく、この「空間」と「時間」を消費しに来ているようだ。夜の書店を拠点に、新宿の街ごと楽しむ。参加者たちは思い思いに深夜の書店を新しい「遊び方」で楽しんでいた。
200人超が熱狂した「深夜の徘徊」
新しい遊び方のハイライトともいえるのが、入場者の3割以上が参加する店内周遊型ミステリーツアー『月明かりの書店と呪われた原稿』だ。
参加者は探偵となり、自身のスマホでストーリーを追いながら、書籍検索機「KINOナビ」を駆使、ときに書店員の助けを借りながら、隠された真実を探し回る。深夜の書店でヒントを探しながら歩き回る大人たちは、探索を通して物語を体感していた。
姉弟で参加したという二人は、興奮冷めやらぬ様子で語る。
「今日はすでに湘南で謎解きイベントを2つハシゴして、ここに来ました。このツアーは謎解きというより没入型エンタメですかね。最高に楽しめました!」
静かに本を読むだけが読書体験ではなく、「物語の中に入り込む」体験がそこにはあった。
「ヤバいキャバ嬢の本」が売れる実演販売
ミステリーツアーだけでなく、店内の各地で繰り広げられるトークイベントにも多くの人が集った。
なかでも長時間に渡って盛り上がり続けていたのが、佐伯ポインティ氏による「本の実演販売ショー」だ。客席との対話から即興でおすすめ本を叩き売るこの企画。「どんな本が好きですか?」という問いに、参加者が「恋愛モノ」と答えると、佐伯氏は少し考え込み、ニヤリと笑ってこう切り出した。
「じゃあ……家の本棚に殺人犯にまつわる本しか置いていない、ヤバいキャバ嬢の本なんですけど……」
そして紹介したのは『死にたくなったら電話して』(著:李龍徳)。
「恋愛」というオーダーに対し、変化球すぎる提案。しかし、この即興性こそネット書店にはない醍醐味だろう。その場にいた観客たちが、一斉にその本を手に取りたくなる空気が醸成され、おすすめされた書籍を購入する参加者の姿が、そこかしこにあった。
「普段は本をあんまり読んでいなくて、動画で情報収集することがほとんどなんですが、好きな演者がトークショーに参加していたので今日はここに来ました。
推しの推しを、推してもらうなんて貴重すぎる機会じゃないですか! もちろん本も買って帰りますよ!」
鼻息荒く購買意欲を明かしてくれた男性もいた。
ほとんどの人が寝ていない「午前4時の奇跡」
時刻は丑三つ時を過ぎ、午前3時、4時。
人間の理性が最も緩み、睡魔が襲う時間帯。主催者は7階を「休憩フロア」として開放し、ピラティスマット、サウナマットを配布していた。
筆者はここで、屍のように眠る参加者の山を見るものと予想していた。
しかし――休憩している人は参加人数に比してごくわずか。マットに座り込んでいた女性は「普段、本屋さんで座り込むことはないので不思議な気持ち。本の圧を感じますね」と笑ったが、大半の参加者はまだ各フロアで、本に、ミステリーツアーに、トークショーに目を輝かせていた。
眠気よりも「知的好奇心」や「イベントの楽しさ」が勝っているということなのだろう。
スタッフが明かした「謎」
イベント終了間際、夜通しレジを打ち続けた書店スタッフに話を聞くと、興味深い「現場の実感」が返ってきた。
「いつものお客様より、一人当たりの購入冊数が明らかに多いんです。それに、店内が荒れていないんですよね。本を愛している皆さんが集まっているからですかね」
そして、別のスタッフはこう語った。
「意外だったのが……『紀伊國屋ポイントカード』を使われる方が少ないんです」
これは何を意味するのか。
集まった750人は、「常連客」だけではなかったということだ。「普段は紀伊國屋書店に行かないが、面白そうなイベントがあるなら行く」「本は好きだが、最近はAmazonで済ませていた」――そんな潜在層が、この祭りに呼び寄せられたという可能性は決して低くないだろう。
1万円分の料理関係本を抱えて
午前5時45分。退店を促す「蛍の光」が流れる。
出口付近で、紙袋を両手で大事そうに抱え込んだ女性とすれ違った。その中身は、大量の料理本だ。
「普段はほとんど本を買わないんですけど、今日はここぞとばかりに奮発して1万円分ほど買いました。今はとにかく眠いです(笑)」
彼女は上気した顔でそう笑い、朝焼けの新宿を後にした。
「本を買う理由」と「場所」さえあれば、人はこれほどまでに熱狂する。本が置いてあるだけではなく、巨大なアミューズメントパークのような、忘れかけていた「知的興奮」を取り戻すための……。書店のひとつの可能性を見せてくれたイベントは大盛況に終わった。
関係者も今回の反響を「大成功」と振り返る。近いうちにまたの機会が訪れるだろう。







