司馬遼太郎の名作を圧倒的な画力で描くコミック版『竜馬がゆく』が「週刊文春」で好評連載中だ。今年2月に第15巻が刊行され、司馬遼太郎没後30年の節目に、あらためて『竜馬がゆく』が注目を集めている。乃木坂46在籍中から“筋金入りの歴史好き”で知られ、日本史をテーマにしたネット番組や著書もある山崎怜奈さんと、コミック版の作者・鈴ノ木ユウさんに、原作への思いや作品づくりの舞台裏、そして坂本龍馬の魅力について語り合ってもらった。
「すごくおもしろいよ」にすかさず大人買い
──コミック版『竜馬がゆく』の第15巻が2月に発売されました。2月12日は司馬遼太郎さんの命日「菜の花忌」で、今年は没後30年という節目の年でもあります。坂本龍馬ファンで知られる山崎さんは、コミック版をどのように読まれているのでしょうか?
山崎 去年の春頃、歴史好きの友人から「すごくおもしろいよ」とすすめられたのがきっかけでした。ちょうど旅行の予定があって、最新刊だった11巻まで電子書籍で買って、移動中にiPadで開いたらもう止まらなくなって……ダーッと一気に読みました。
鈴ノ木 おお、うれしいですね。
山崎 今回あらためて1巻から紙の本で読ませていただいたら、印象的な場面がたくさんあって、(持参したコミックを見せながら)こんなに付箋がつきました(笑)。
鈴ノ木 すごい……本当に付箋だらけ。ここまで読み込んでもらえると、描いた甲斐があります。司馬遼太郎先生の『竜馬がゆく』は愛読書だそうですね。
山崎 父の蔵書に司馬先生の『竜馬がゆく』があって、小学生から中学生になる頃に読みました。ちょうど福山雅治さん主演の大河ドラマ『龍馬伝』が放送されていた時期で、並走するように読み進めました。
山崎 私は活字ばかりで漫画は読み慣れていないのですが、鈴ノ木先生の竜馬には夢中になりました。すごく色気があって素敵ですし、とくに魅力的な眼つきに惹かれました。線の勢いや躍動感がすさまじいですよね。
鈴ノ木 線については、井上雄彦先生へのリスペクトもあって、最初は『バガボンド』みたいに筆だけで描こうとしたんです。ところが、実際にやってみたらめちゃくちゃ時間はかかるし、精神的にもたない。「井上先生は変態だな」と痛感しました(笑)。いまはペンと筆を使い分けていますが、カバーの絵は背景も含めてすべて筆。カラーインクをつけて一発で描きます。
山崎 躍動感あふれる場面もあれば、静寂の「間」が伝わってくる場面もあって、小説を読んで自分で想像するのと違って没入感がありました。
北辰一刀流の道場で描かれる剣道のシーンもすごかった。私が通った中高一貫校は剣道の強豪校で、練習試合などを観戦していましたから、竜馬たちの技や動きがリアルだなと感心しました。鈴ノ木先生は剣道のご経験があるのですか?
鈴ノ木 まったくの未経験です(笑)。イメージ通りの資料が見つからないと、構えをつくって自撮りしたり、ポーズ人形で確認したり。スタッフに剣道経験者がいて、「左右の手が逆です」って指摘されて描き直したこともあります。
名著を漫画化する難しさ
──週刊文春の連載は、2022年4月にスタートしました。原作は累計発行部数が2500万部を超える大ベストセラーですから、たくさんの竜馬ファンがいますね。
山崎 司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』で、世間での坂本龍馬の印象が作られたようなものですよね。大名著を漫画化する難しさがあったのではないでしょうか。
鈴ノ木 最初にお話があったとき、実はお断りしようと思ったんです。
山崎 え、そうなんですか?
鈴ノ木 坂本龍馬を描いた小説や映画は数多くありますし、僕自身は漫画『お~い!竜馬』(武田鉄矢原作・小山ゆう作画)の大ファンでしたから「あの竜馬は絶対に超えられない」と考えました。「僕には描けません」と率直にお伝えしたら、編集者から「小山先生のは30年も前ですから、新しい竜馬を描いたらどう?」と言われて、僕は単純なので「そうだねえ」となったんです(笑)。
山崎 好きだからこそのためらいがあったんですね。
鈴ノ木 そうなんです。司馬先生の小説は学生時代に読んでとても影響を受けました。大学の書類に「尊敬する人物」の欄があって、坂本龍馬にしょうか、ジョン・レノンにしようかと悩んだあげくに両方書いたぐらい。当時からバンド活動をやっていたから甲乙つけがたくて。
山崎 そっか。表情ひとつとっても違うというか、「竜馬が好きな人が描いてるんだろうな」って読みながら感じました。たとえば、江戸へ向かう途中で初めて富士山を見て、同行者との会話中に突然走りだして「富士じゃ!」と叫ぶ場面。竜馬らしい興味がパッと移る感じ、自由人っぽいところが要所要所に出てきて楽しかったです。
鈴ノ木 ありがとうございます。竜馬ファン全員が納得するものは描けないし、縛られてもいけない、自分にできることをやろうと考えた結果なんです。
山崎 漫画化にあたって、竜馬のどこが私たちに一番刺さっていると思いましたか?
鈴ノ木 うーん……まず行動力ですかね。
山崎 やっぱりそうですよね。ふつうやらないよって動き方してますよね。
鈴ノ木 ミーハーな部分もありますね。流行りものが好きだし、すごい田舎者の感じ、ピュアな感じは魅力です。10代が求めるギャングエイジ的な憧れの青年像みたいところ。描くと決めたあと、司馬先生のインタビュー集やエッセイを読みあさったんですね。「何を大切にしていたんだろう」「どんな竜馬像を求めたんだろう」って。
司馬さんが「大切にしていたもの」
──司馬さんのエッセイなどからすくい取った「大切にしていたもの」とは何でしょうか?
鈴ノ木 小学校の教科書に載った『二十一世紀に生きる君たちへ」という子ども向けのエッセイがあって、「いたわり」という感情の大切さを説いています。読んだときに「あ、いたわりの大切さが伝わるように描こう」と思いました。原作の竜馬には「男らしさ」も感じるけど、僕にはない。バランスのいい読者が「おもしろいな」と思える作品が描けたらいいなと思いました。
山崎 原作にないテーマですね。幼い竜馬にお母さんが大切だと教える場面があって、初恋の人であるお田鶴さんも「いたわり」について語っています。
鈴ノ木 竜馬のまわりには魅力的な女性が何人も登場しますけど、若い頃の竜馬が一番好きなのはお田鶴様だと僕は思っているんです。たぶん原作の愛読者にも、お田鶴様が好きな人は多いでしょう。竜馬には早くに亡くなったお母さんと重なるわけです。ただ、竜馬はちょっとモテすぎ(笑)。
山崎 坂本龍馬が「人たらし」といわれるのは、『竜馬がゆく』でモテすぎるからといっても過言ではないでしょう。他に気になったのは、土佐で少し年上の幼馴染だった武市半平太。登場したときは、「顔、激似!」と思いました。私は歴史上の人物を教科書の写真で覚えていたので。
鈴ノ木 本当ですか、よかった(笑)。
「竜馬が死ぬシーン」を最初に描いた理由
山崎 吉田松陰がピュアなのも、私の印象に近かったです。何を考えてるかわからない黒目がちな目がちょっとミステリアスというか、宇宙人っぽいというか(笑)。
鈴ノ木 松陰は苦労しました。熱い性格なのか、サラッとした性格なのかで迷って。でも、あれだけカリスマと言われるから、近寄りがたい顔にしたいなと黒目を多くして、原作にない桂小五郎と松陰の絡みは大事に描きました。
ただ、ひとりで机に向かっていると、読者にちゃんと届いている実感はわきません。電車でランドセルを背負った男の子が読んでくれているのを目撃したときは感激しました。
山崎 わかります。私も毎日ラジオの生放送で話しながら、「本当に聴いている人いるのかな」という気持ちが常にあります。だから「いつも聴いてます」「さっき流れてたよ」と言われると安心するんです。
鈴ノ木 僕の漫画は、必ずしも原作通りではないから読者の反応は気になります。プロローグもそう。僕は、竜馬が襲われて死ぬシーンが本当に嫌いなんです。だから、最初に描いちゃった。
山崎 たしかにショッキングな幕開けでしたけど、そんな事情があったんですね。作品に緊迫感があるせいか、単行本で各章の終わりにある「おまけイラスト」には癒やされました。竜馬たちのかわいい部分が垣間見えて、いつもほっこりしています。
〈「龍馬は命がけで動き、知略に富み、柔軟に考えを変えていく…すごく好きなところです」山崎怜奈と鈴ノ木ユウが語る”坂本龍馬を好きなワケ”〉へ続く









