2026年10月から日本テレビ系で放送される連続ドラマ『俺たちの箱根駅伝』。池井戸潤さんが十余年の歳月をかけて書き上げた渾身の一作を原作に、主演に大泉洋さんを迎え、山下智久さんをはじめ続々と発表される豪華キャストにも大きな注目が集まっている。
関東学生陸上競技連盟の全面協力を得て、さらに全国各地でも大型ロケを敢行するなど、前人未踏の映像化プロジェクトを支える重要な役割を担うのが、陸上競技指導・監修を務める大後栄治さんだ。
神奈川大学駅伝部を率い、箱根駅伝2度の総合優勝、全日本大学駅伝3度の優勝に導いた名将が、このドラマの目標に掲げたのは「究極なるリアリティーの追求」。長年、駅伝競技に注がれてきた熱い情熱が、いまランナーを演じる若き俳優たちへ惜しみなく注がれている――。

ドラマには「できるのかな!?」という気持ちが先だった
――早速ですが、ドラマ『俺たちの箱根駅伝』の陸上競技指導・監修のオファーは、どのような経緯で受けられたのでしょうか。
大後:ちょうど箱根駅伝が第100回大会を終え、私も監督を退任したタイミングでした。大学のサバティカル制度(研究休暇)を使って、少しゆっくりこれからの人生を考えようかなと思っていたんです。
同じタイミングで関東学生陸上競技連盟(関東学連)が一般社団法人化することになり、法人化と同時に準備委員会に入っていた私も副会長を拝命したところで、日本テレビさんから関東学連のほうに「ドラマ化するので監修をしていただける方はいませんか」というお話がありました。そこで私に白羽の矢が立ちました。
――原作の小説『俺たちの箱根駅伝』は以前から読まれていたそうですね。
大後:ええ、書籍になってすぐに自分で買って読んでいました。作者の池井戸潤さんは私より一つ年上で、ほぼ同世代なんです。これまでの作品に会社や組織の問題を扱ったものが多いのは、皆さんもよくご存じのとおりですが、今回、池井戸さんが本当に書きたかったのは、テレビ局の制作現場のことだったのではないでしょうか。
「なぜ正月2日、3日にこれほど大勢の大人たちが熱く駅伝を中継しているのか」という、本質を取材しないと、何千人もの大人たちが真摯に放送に向き合っていることとの辻褄が合わなくなる。そこで、放送すること自体が難しい箱根駅伝の取材に、10年以上という相当な時間を費やされたとお聞きしました。
ひょっとすると制作現場のことだけで小説を成立させたかったのかもしれませんが、走るランナーのほうも取り上げないと、この物語は完結しなかったのでしょう。そのため取材期間が長くかかったのだろうし、だからこそ、ご自身でも「渾身の一作」とおっしゃっていて、ランナー側を描くのも相当大変だっただろうなと思いながら読みました。
――指導者のプロの目から見てランナーの臨場感はいかがでしたか。
大後:相当取材されているな、というのはすぐに分かりました。ただ、箱根駅伝をテーマにするというのは、野球やサッカーといった他のスポーツに比べても、より難しいのではないかと感じます。「走る」という動作は、ごまかしがきかないんですよ。しかも、箱根駅伝は視聴率30%近いコンテンツですから、見ている方の数も多いですし目も肥えています。
ドラマ化についても、多くの方が挑戦したい題材だとは思いますが、その本質を突き詰めるためには、長い区間のロケも必要ですし、何より走る選手自身に極めて高いリアリティーがなければ、完全な茶番になってしまう。単純な「走る」という動作を題材にすることが、本質的にかなり難しいものなので、今回のお話を聞いたときは「できるのかな!?」という思いが、初めは先立ちました。
オーディションでは全員のランニングフォームを評価
――そんな中で、ドラマを監修する立場から「究極なるリアリティーの追求」を掲げられました。
大後:それは池井戸さんの作品であるということ。そして100年を超える歴史を持つ関東学連が主催する駅伝大会であるということ。さらに、日本テレビが40年近く生中継を続けてきたという歴史があること。この三者が関わる以上、絶対に失敗はできないと考えました。見ている人が「これは箱根駅伝そのものだ」と評価してくださることが何よりも大事です。
その上で、池井戸さんの作品としてのオリジナリティーが表現できなければ、ドラマとして評価されない――私自身も箱根駅伝を40年以上、監督として、そして解説者として見てきました。どの立場から見ても「あのドラマは本物だった」と評価されなければ、このプロジェクトは成功しない。100%は難しいかもしれませんが、できる限りそれに近いリアリティーを、特にランナーを演じる俳優たちには求めていかなければならないと思いました。
――キャストを選ぶオーディションの段階から、ドラマには関わられたそうですね。
大後:200名ほどが参加したオーディション、すべて立ち会わせていただきました。お芝居の審査の後に、スタジオの屋上で実際に走ってもらって、皆さんのランニングフォームを評価したんですが、フォームを見るだけで、その人の適性や才能はすぐに分かります。
我々が一番見ているのは、「姿勢」ですね。たとえばサッカーやバスケットボールなど、他の競技経験者には、その競技特性に合った走り方の癖があるんです。「この走りはバスケにはいいけど、陸上ではありえないな」とか、「出力は高いけど、このフォームでは20kmはもたないな」とか。そういった点を見ていました。

体脂肪や走りのレベルには具体的な目標を明示
――オーディションを経て選ばれた18名の俳優の皆さんには、どのような指導をされたのでしょうか。
大後:最初の練習会は、ミーティングからはじめました。パワーポイントで資料を作って、「そもそも箱根駅伝とは何か」というところから説明しました。彼らが演じるのは、予選会で敗れた大学の選手たちで構成される「関東学生連合チーム」のメンバーです。まずはこのチームに選ばれる選手のメンタリティーを理解してほしかったんです。
それぞれの大学のチームとして1年間戦ってきて、予選会で本選出場が叶わなかったチームの選手たちですから、選ばれて単純に「嬉しい」という感情だけではない。そういった精神的な背景からまず理解してもらう必要がありました。
当時は彼らがどんなドラマに出ている俳優なのか、私はほとんど知りませんでした。でも、それが逆に良かったと思っています。純粋に彼らを「選手」として扱いましたから……「クランクインまでに、どれだけリアリティーを近づけられるか。私が要求するのはそこだけだ」と。体脂肪率や走りのレベルについて、具体的な目標をはっきりと示しました。
――チームワークについても強調されたと聞きました。
大後:原作では、この連合チームが信じがたいような成績を収めます。オープン参加のチームがそこまでの結果を出すには、相当なチームワークがなければありえません。だから、その一体感を出してほしいと伝えました。
さらに実際は、箱根の舞台を走れないメンバーも6人含まれています。私は彼らにこそ期待していて、「どうせ俺は走るシーンがないから」という気持ちに絶対にならないでほしい、と伝えました。そこから6人の取り組みをずっと見ていましたが、彼らが本当にいい練習をして、いい身体作りをしてくれた。それを見たときに「ああ、これはいいドラマになるな」と確信しましたね。
――具体的なトレーニング内容について教えてください。体脂肪率は7%以下という厳しい目標があったそうですが。
大後:はい。撮影が進んでいくうちに、武蔵野農業大学の猪又丈役を演じる庄司浩平くんは「大後さん、いま3%になりました」と言っていました。もうどこに出しても恥ずかしくない、本物のランナーの身体です(笑)。
スピードに関しては実際の箱根ランナーは時速20kmから21kmほどで走ります。最初は、俳優たちにはそこまで求めなくても、時速18km、19kmくらいのスピード感が出せればなんとかなるかなと、少し甘く見ていたんですが、ただ、彼らには1キロ3分前後のペースを身体で覚えてもらう必要はあったので、200mから300mのインターバル走を、2週間に1回の練習会で何本も繰り返しました。「この鬼!」と思われていたかもしれませんね(笑)。
「2年ぶりに監督業に戻ってきた感じだな」と
――合同合宿も行われたと伺いました。
大後:12月下旬に、実際の大学駅伝チームも利用する千葉県の富津で1泊2日の合宿を行いました。一緒に練習し、ミーティングをし、同じ釜の飯を食べ、箱根のコースを見学したりしながら、ふと「ああ、2年ぶりに監督業に戻った感じだな」と思いました。彼らをキャストとしてではなく、選手として扱ってきたからでこそです。
1月2日には本来は関係者しか入れないスタート地点の裏側まで彼らを連れて行って、あの独特の緊張感も肌で感じてもらいました。他の区間を走る役の俳優たちも、それぞれ自分の担当区間やゴール地点を見学し、みんな「とんでもない大会なんだな」という、スケールの大きさを改めて感じてくれたようです。
――実際の撮影でのランナー役の皆さんの様子はいかがですか。
大後:ロケでは多くのエキストラの方々の前で、本番さながらに走るわけですが、彼らは「ものすごい楽しい」と言っています。「これだけ声援を受けて走れる選手ってすごい!」と。本当に箱根駅伝を体現してくれていると感じます。
当初は時速18kmくらいでごまかせるかな、なんて思っていたんですが、彼らの身体がどんどん絞れて、走力も上がってきた。そうなると、中途半端なスピードでは逆にリアルに見えなくなってしまったんです。今ではもう、本番の選手とほぼ同じ、時速20kmから21km、1キロ2分50秒から3分くらいのペースで撮影しています。そうしないと、ジョギングにしか見えなくなってしまった。彼ら自身も、そのスピードで走るのが一番気持ちいいと感じるレベルにまで到達したんです。
俳優の表現力は実際の選手以上かもしれない
――特に成長に驚かされた俳優さんはいますか。
大後:やはり庄司くんですね。彼はバスケットボール経験者で、オーディションの時は正直、フォームが絶望的でした。腰が引けていて、長距離の走り方ではなかった。評価はABC段階の最低ランクの「C」で、ほぼ絶望的でした。
ただ、お芝居は素人の私が見ても「うまいな」と感じるものがあった。制作陣から「どうしても彼を使いたい。なんとかなりませんか」と相談された時には、「なんともなりません。でも、もし彼に他の人の2倍の練習時間を与えてくれるなら」と答えました。その話が本人の耳に入ったんでしょうね。3週間後に再会したら、別人のようになっていたんです。 聞いたところによると、「悔しくて、徹底的にYouTubeを見て研究して、自分で動画を撮って修正してきました」と。見事に走り方が変わっていた。こちらが何も言うことはありませんでした。「OKだよ、A評価だ」と。彼のプロ意識には本当に驚かされました。
庄司くんだけではなく、俳優のみんなの表現力というものは、日々ものすごく感じます。こちらが「腕をこう振ってほしい」「もう少し吐く息を激しくしてほしい」とアドバイスすると、すぐに表現できる。言われたことを自分の身体で的確に表現するのは、彼らがもっとも得意とする分野なのでしょう。そこは実際の選手以上かもしれません。スイッチが入ったときの顔つきはまるで別人ですね。
ロケを見ていた私も涙が出そうになりました
――ドラマ『俺たちの箱根駅伝』では特にどんなところに注目してほしいですか。
大後:4年間の大学生活のすべてを集約させて、本気で取り組まないと夢の舞台には立てないという、学生たちの真摯な姿勢。そしてチームとは何か、ということですね。烏合の衆ではなく、一つのチームになるために、どう互いを尊重し合うのか。感謝するとはどういうことなのか。連合チームは、試行錯誤の中で、その答えを見つけようとします。最後のシーンは、ロケを見ていた私も涙が出そうになりました。きっと皆さんも泣けると思います。
――大後先生ご自身も、2010年に連合チームの監督を経験されています。
大後:はい、1度だけありました。まさに原作と同じで、選手たちはそれぞれバラバラ。それを短期間で一つにまとめていくのは本当に大変でした。でも、その経験があったからこそ、改めて今、全日本大学駅伝の選抜チームの監督を務める中でも活きていることがあります。やり方によっては、連合チームは本当にいいチームになるんです。
箱根駅伝も含めて、こういった大会では公道を使わせてもらっているわけですから、それに対する謙虚さを失ってはいけないと、常日頃から学生たちにも伝えていますが、学生スポーツらしい純粋さと謙虚さ。それこそが箱根駅伝の本質であり、多くの人の心を打つ理由なのだと思います。このドラマも、そういった本質を伝えられる作品になるはずです。
――最後に、ドラマを楽しみにしている方々へメッセージをお願いします。
大後:レース中の一瞬の出来事を、ドラマではワンカットワンカット、心の動きとして丁寧に切り取っていく。それを見て、「そうか、我々が通り過ぎてしまう数秒の間に、選手の中ではこれだけの心の機微があるんだな」と、私自身、指導者としてランナー役の彼らから学ぶこともありました。指導者として、そういう部分も見ていかなければいけないと、改めて勉強になりましたね。
撮影現場のカメラの後ろから彼らの走りを見ていて、「これにBGMが入って、編集されたらたまらないだろうな」と思うシーンが何回もありましたし、このドラマは箱根駅伝のファンの方はもちろん、これまであまり興味がなかった方にも楽しんでいただけると思います。池井戸さんのファンの方、出演する俳優さんたちのファンの方、本当に老若男女、箱根駅伝の視聴率を超えるような大勢の方に見ていただきたいです。
そして、最後には現役の監督さんたちからも、「大後さん、あれは本当に箱根駅伝そのものでしたね」と言わしめたい。その一心で監修にあたっています(笑)。ぜひ、楽しみにしてください。










